経営者インタビュー 松井忠三氏(株式会社良品計画 名誉顧問) Vol.1|経営ノート

経営者インタビュー 松井忠三氏(株式会社良品計画 名誉顧問) Vol.1|経営ノート

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、松井忠三氏(株式会社良品計画 名誉顧問)です。「無印良品」を展開する良品計画の名誉顧問である松井忠三氏にお越しいただきました。松井忠三氏は、一時38億円の赤字を抱えるまでに低迷していた2001年に社長に就任。そこから業務を見える化する企業改革を断行することで、わずか1年で業績をV字回復させた功績は、多くのメディアなどでも取り上げられています。

(2017年6月配信)


 

新谷哲:今回の経営者インタビューは、松井忠三氏です。まずはご経歴をご紹介致します。1949年5月生まれ。静岡県ご出身で、大学卒業後、西友にお勤めになります。その後1991年、良品計画に出向。取締役、常務取締役、専務取締役を担われ、2001年に良品計画、代表取締役社長に就任。松井忠三氏が経営者にご就任してから、かの有名な無印良品が急速に拡大し、成長し、成功しています。現在は、良品計画の名誉顧問を務めていらっしゃいます。本日は宜しくお願いいたします。

松井忠三:宜しくお願い致します。

新谷哲:それでは最初のご質問ですが、ご出身は静岡ですか?

松井忠三:そうですね。

新谷哲:静岡のどちらですか?

松井忠三:静岡の、韮山(にらやま)町におりました。世界遺産となりました反射炉という施設があります。

新谷哲:なるほど。小学校・中学校の時は、どのようなお子様でいらしたのですか?

松井忠三:私は、農家の18代目でした。その頃は田植えとか稲刈りとか、そんなものを手伝った記憶があります。いつも嫌だなと思いながら、手伝っていましたね(笑)。中学校からはバレーボール一筋になりました。

新谷哲:18代ということは、凄い歴史のある農家ですね。

松井忠三:そうですね、長いですね。

新谷哲:昔は地主さんだったのですか?

松井忠三:自作農でずっと続いています。私の息子が19代目で、孫が20代目です。ただ農家をやることはきっとないと思いますね(笑)。

新谷哲:そうですか(笑)。高校時代はどんなふうにお過ごしになられたのですか?

松井忠三:高校時代もバレーボール一筋でした。我々の一つ上の世代の頃、全国大会7連覇をやった学校だったのです。ですから、非常に練習が厳しかったと思います。

新谷哲:バレーボールの選手としては、ポジションはアタッカーだったのですか?

松井忠三:そうですね。身長も177cmとそんなに大きくはないのですが、実はジャンプ力が結構ありました。走り高跳びで県大会に出たり、バスケットボールでダンクシュートするくらいのことは出来ました。

新谷哲:その後は、今の筑波大学の体育学部に進んでおりますが、運動が大変得意で入られたということですね。

松井忠三:私が入った時は、東京教育大学という名前でした。教師になって、チームを率いて国体に出たい、と思ったことがきっかけです。

新谷哲:大学時代もバレーボール部に所属して、体育会系ですね。

松井忠三:ええ、そうです。

新谷哲:社会人で、バレーボール部には進もうとは思わなかったのですか?

松井忠三:大学の1年生、2年生の時にデモに参加して逮捕された経験があるのです。

新谷哲:そうなのですね。

松井忠三:それで教師の道も自動的にダメになって、一般社会人の道に入るということで、西友に入社しました。バレーボールで一生食べていくっていうほどの選手でもありませんでしたから、教師でやるくらいのことでしか考えていなかったです。

新谷哲:そうですか。いわゆる、安保闘争とかですね。

松井忠三:ちょうど、1970年の全共闘運動が盛んな頃ですね。

新谷哲:存じ上げない部分があって、びっくりしました。西友を選ばれた理由はございますか?

松井忠三:当時は「流通革命」というのが非常に盛んになっていました。ダイエーの中内功さんが、「流通革命」ということで先頭を走っていたのです。そんなこともあって、たまたま西友受けました。面接をして頂いた人事課長も、京都大学の全学連のリーダーでした。そんなこともあって、おおらかに採って頂き、西友に入社しました。

新谷哲:その後、順調にご出世されていますが、出世のコツはございますか。

松井忠三:そんなのはないです(笑)。西友時代は、人事部で長く過ごしました。人事部には70人くらいいたのですが、西友の主流派はほとんどいませんでした。私は学生運動やったりしたので、反権威みたいなのが結構あったのです。西友で課長になったのは41歳ですから、かなり遅かったですね。使いにくいと思われたのですね(笑)。

新谷哲:松井忠三氏のセミナーを聞いても、本を読んでも、素晴らしいというか大変勉強になるので、全く想像つかないです。左遷されたのですか?

松井忠三:そうですね。使いにくい社員だったと思いますよ。主流派にいる人達って、上を向いて仕事をするのです。ですから、人事部にいても、商品部の専務とか、販売部とか常務の要求に屈しちゃう。人を動かすようなことをしていたので、僕はそれを決して良くないと思っていました。

新谷哲:びっくりするお話です。良品計画にご出向される時、いま左遷というお話ございましたが、お気持ち的には嫌だな、と思われていたのですか?

松井忠三:西友に18年入っていまして、性格的に転職をするという価値観がなく生きてきました。結果的に西友と無印良品で、ほぼサラリーマン人生は終わっている訳ですから。そういう意味では、良品計画に出向が決まった時は、寂しいっていう気持ちが最初にきました。その時に、人間模様が非常によく見えました。「これで松井も終わりだろ」と掌を返すような態度をする人と、そうではない人の、2つに分かれます。これはもの凄く勉強になりましたね。

新谷哲:どういう人が、掌を返すタイプになられるのですか?

松井忠三:自分にとって得になるかと考え、付き合いをしている人は、掌を返すと思います。

Vol.2へ続く

 

[プロフィール]松井 忠三 氏
株式会社松井オフィス 代表取締役社長
株式会社良品計画 名誉顧問
ほか社外取締役多数

西友時代は主に人事畑を歩み、各種制度の構築、幹部社員の意識改革研修等を担当する。良品計画に移ってからは、人事・営業・物流・インターネットビジネスを担当。 2001年、急激な業績不振の責任を取って退任した前社長のあとを受け、急きょ社長に就任。38億円の赤字を経て大掛かりな経営改革を断行。一時は撤退したアジアにも再出店。 創業以来11年続いた海外の赤字も2002年には黒字に転換させ、現在25の国と地域に300店舗を展開する礎を築く。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、松井忠三氏(株式会社良品計画 名誉顧問)の経営者インタビューを取り上げました。

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