経営者インタビュー 伊藤健太氏(株式会社ウェイビー 代表取締役社長) Vol.3

経営者インタビュー 伊藤健太氏(株式会社ウェイビー 代表取締役社長) Vol.3

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、伊藤健太氏(株式会社ウェイビー 代表取締役社長)です。今回は、株式会社ウェイビーの代表取締役社長、伊藤健太氏にお越しいただきました。慶應義塾大学卒業後、23歳の時に病気をきっかけに小学校親友4名と資本金5万円で起業。起業当初はお金がなさ過ぎて、カードで借金をしながらの企業経営を行う。その後、年間3,000件以上の起業に関わる事業を経営し、会社は急成長。日本最大規模の起業イベントや、累積4,000人以上が参加する「TERACOYA」、起業支援ポータルサイト「助っ人」の運営等に携わる、起業に関する日本の第一人者である経営者です。

(2017年11月配信)



前回に続き、伊藤健太氏(株式会社ウェイビー 代表取締役社長)の経営者インタビューをお届けします。(Vol.2はこちら

新谷哲:検査結果が出る前にもう進学を取りやめたのですか?

伊藤健太:ロースクールの進学をやめました。

新谷哲:ロースクールの進学をやめられて、なぜそこで起業して経営者になろうと考えたのですか?

伊藤健太:理由は2つあります。まず自分に対して、「自分の人生の時間に関して」と問いかけました。30歳までしか生きられなかった場合、どこかの会社に入るなんてまず選択肢はありませんでした。これが1つ目です。もう1つが私はすごい寂しがり屋なので、「自分がいなくなっても、世の中に残るような何かをしたい」と思い、起業して経営者になりました。

新谷哲:そこで小学校の時の親友4名の方と起業をして経営者になるわけですが、つまり伊藤健太社長はベッドの上で4名の方を説得したのですか?

伊藤健太:そうです。本当に仲の良いメンバーだったので「緊急です」というタイトルのメールを送りました。「本当に死ぬかもしれないから、大井町に来てほしい」と招集して、そこで「病気をして死ぬかもしれないから、一緒に起業して経営者にならない」と言いました。一応4人すぐにOK出ました。

親友の1人はニートなのです(笑)。ニートからの脱却なので、ただの出世じゃないですか。だから何の問題もありません。他の2人も前向きでした。ただ2人とも、ちょっと良いベンチャー企業にいたので「タイミングだけ相談させてくれ」という形になります。私とニートは暇なので、2人で経営者として動き始めます。

新谷哲:お2人で始めた時にはどんな事業を経営しようと思われたのですか?

伊藤健太:この間、初期の定款を見つけたのでが、本当にしょうもないことが書かれていました(笑)。事業目的の第1章のところが自転車の販売、第2章に飲食店、3番に物資の輸送とか、本当に書いてありました(笑)。

新谷哲:今の事業とは全然、違いますね(笑)。

伊藤健太:全くないです。今の事業が1個も書いていないです(笑)。

新谷哲:その中で、実際に本当にやった事業はございましたか?

伊藤健太:何もできませんでした。やろうと思ったことは3つぐらいあり、リサーチもしたのです。最初にやろうと思ったのが、放置自転車。あれを回収して修理して再販しようと思ったのです。どのレベルでやめてしまうかというと、放置自転車を貰って良いのかという法律の確認を市役所にしに行った時に「駄目」だと言われて。駄目なんだといって、無理だとやめていました。本当に今だったら多分、形になって多少は利益を出せると思うのですけど、当時はこんな感じです。

次にやろうと思っていたのが飲食店向けのサービス。飲食店でアルバイトをしていた経験があり、雨が降ったりしたらお客さんの入りが悪かったります。でもお客さんが少なくても、原価で家賃がかかり、食材のロスもでる。だからタイムリーな時間とかだけ限定のクーポンが出せる、本来1000円のやつが200円で食べられます、みたいな仕組みを作ろうと思ったりしたのです。今だったらめっちゃ流行ると思うのですけど、会社の資本金が当時、5万円だったのです。これで渋谷のシステム開発会社などに行き、サービスの説明をして、「まだ売り上げもないし、お金もありません」と経緯を話す。3社くらいのシステム会社に行って「分かりました。開発したいものは分かったので、見積もり出します」と言われますが、1社からも見積もりこないのです(笑)。今だったら「こいつら払えないし、見積もり出す必要もない」と思われていたと分かります。結局、「サービスが作れない」といって、やめてしまいます。そんなことをそれで7か月ぐらいやりました。

新谷哲:では7か月間、経営者だけどニートみたいな感じのイメージですか?

伊藤健太:そうですね。4か月目か5か月目に、3人目が会社を辞めて入ってきました。でも5か月目ぐらいの時に売上0円なので、お金がなくなります。会社の携帯、管理料などの固定費がありましたが、それすら全部カードで払って支払いました。要は借金して何とかキャッシュフローを粘っていた訳です。さすがに「お金がなさすぎてやばい」と思い、メンバーと一緒に池袋で日雇いのバイトが出ていたのです。でも池袋に行く電車賃がなく、やめたりしました。

新谷哲:その状態から、本当の企業経営を始めたのは、1年目ぐらいからですか?

伊藤健太:7か月目か8か月目くらいのときです。やるつもり一切なかったのですが、3つ目のアイディアとして「外国人の就職支援」がありました。就労で躓くときに時はまず「法律的にビザの問題」という話を耳にしました。「ビザの問題を解決してくれたら御社にお金を払っても良いですよ」という外国人がいたので、これを事業として企業経営するイメージがつきました。そこで「ビザの問題解決ってどうするの?」と調べたら、行政書士の仕事なのです。大学2年の時に行政書士の資格を取っていたので、登録しようと思いました。ただ登録費が30万円ぐらいかかるのです。会社にはお金がなかったのですが、最後まで働いているメンバーが合流したばかりで、まだキャッシュが残っていました。そこから30万円を拠出して、資格登録をしてビザ業務をやろうと思います。けど、ビザ業務って間違えたり騙されたりして、捕まる人が多いんです。悪気がなくても過失で捕まる人も多かったので、「私達では危ない、やっぱりやめよう」と思いました。

でも30万円を拠出したメンバーがケチなやつで「お金がない中で30万円投資してエントリーしたのに、やめるってどう考えてもおかしいよね。やめるなら、お金返してもらってもいいですか?」と言うのです。返せないから、資格を使って何か仕事をできるか探すことになりました。ここで事業が限定されたのです。そこで行政書士の資格で会社を創ることができたのが、とても良かったです。自分達が創業し経営をスタートする時、実はネットを使って行政書士の人に依頼していたのです。そこがフィットして、「あの仕事ができるのは、何か良いね」といって、会社設立の業務をする企業の経営がスタートしました。

新谷哲:では最初は行政書士のお仕事で、企業経営がスタートしたのですね。

伊藤健太:そうです。行政書士の事務所を個人で登録をして、企業経営がスタートしました。

Vol.4へ続く

 

[プロフィール]伊藤健太氏
株式会社ウェイビー代表取締役社長

慶應義塾大学卒業後、23歳の時に病気をきっかけに小学校親友4名と資本金5万円で起業。企業支援業務をスタートさせ、年間3,000件以上の起業に関わる。日本最大規模の起業イベントや、累積4,000人以上が参加している「TERACOYA」の主催、起業支援ポータルサイト「助っ人」の運営に携わる。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、伊藤健太氏(株式会社ウェイビー 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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