経営者インタビュー 広野道子氏(21LADY株式会社 代表取締役社長) Vol.2|経営ノート

経営者インタビュー 広野道子氏(21LADY株式会社 代表取締役社長) Vol.2|経営ノート

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、広野道子氏(21LADY株式会社 代表取締役社長)です。今回は21LADY株式会社 代表取締役社長 広野道子様にお越しいただきました。シュークリームの老舗チェーン「ヒロタ」、北欧家具・インテリア雑貨・キッチン用品の販売店舗の運営及び企画開発を行う「イルムス(ILLUMS)」の2ブランドを擁するライフスタイル産業の総合支援事業を展開されています。関西学院大学卒業後、ポッカクリエイト、タリーズコーヒージャパンなどのフランチャイズチェーン企業を経て、会社を設立した経緯など、活きた経営の話はとても参考になるかと存じます。男性顔負けのパワフルな女性経営者、広野道子氏の経営者インタビューを、ぜひお聞きください!

(2018年4月配信)



前回に続き、広野道子氏(21LADY株式会社 代表取締役社長)の経営者インタビューをお届けします。(Vol.1はこちら

新谷哲:ベンチャー・リンクや日本エル・シー・エーでは色々と活躍されていますが、思い出や苦労話はございますか?

広野道子:ちょうど入ったのが88年で、バブルの絶頂期だったのです。当時はあまり分からなかったのですが、「最初の仕事は松山に行ってください」といきなり出張しました。「松山の東邦総合銀行と契約できましたので、3人で会員を募集してください」という内容です。この3人って私を含めた数で、あと2人はベテランでした。2月か3月ぐらい松山に行って、3人で500社程会員にしたのです。「これはすごい!」と銀行の頭取が気を良くして、「ベンチャー・リンクの経営者も呼んで、一緒に食事会をしましょう」ということになって、当時ベンチャー・リンクの経営者だった小林忠嗣さんを呼んで食事会になりました。あれは面白かったです(笑)。

新谷哲:では、1年生ですぐに活躍されたのですね。

広野道子:当時はバブル絶頂期なので、たまたま集まったのです。銀行の支店長がリストアップしている訳です。「この20社、大体会員になりますから」と言って本当に会員になる。支店長とか副支店長とか次長が言えば全部入る、良い時代でした。経営者も、「年間12万円の会員か、しょうがないな」と言って入る、良い時代でした(笑)。

新谷哲:今、広野道子社長がおっしゃっているお話は、私も入社した最初の頃に経験しました(笑)。

広野道子:支店長は強いですよね。1か月で、1人で150社ぐらい会員にしました。

新谷哲:多分それがあって、ベンチャー・リンクはその後、店頭公開するのですね。

広野道子:はい、そうですね。

新谷哲:ベンチャー・リンク時代には何か経営者として勉強になった、と思える思い出はございますか?

広野道子:経営者としていろいろ勉強になりましたが、やっぱり「休まない」ことが経営者の勉強になりました。私は週の初めには京都にいるのですが、会員獲得とか銀行の経営セミナーで地方に行きました。いろいろやって、土曜日か金曜日の夜に京都に帰って来て、土曜日会議して、日曜日にまた地方に移動する、という休みがない仕事をしていました。今で言うブラック企業ですが、それが習慣になってしまいました。経営者としては、働き続ける習慣がついて良かったです。

新谷哲:ベンチャー・リンクを退職後、次々と有名企業の取締役、専務など、経営幹部を歴任されていますが、ベンチャー・リンクを辞めるきっかけは何だったのでしょうか?

広野道子:90年に結婚しました。やっぱり結婚をすると、しょっちゅう出張にも行けないですよね。「出張のない仕事が良いな」と思っていたところに、たまたまフランチャイズの説明会を一緒にしていた「プラザクリエイト」という会社が、上場準備をしたいと東京に出てきたのです。「これはもうずっと東京で、出張がないだろう」と思い、転職しました。

新谷哲:でもその後も、本当に次々と取締役、専務と、経営幹部をされています。それはプラザクリエイトで成功されたから、経営幹部として呼ばれたのでしょうか?

広野道子:それもあります。プラザクリエイトの時にカフェ・ド・クリエというフランチャイズのカフェをゼロから、新規事業で作ったのです。ポッカコーポレーションという名古屋のコーヒーの老舗の缶コーヒーを作った会社ですけど、そことの合弁事業を立ち上げて、100店~150店を出店したのが良かったと思います。

新谷哲:その後、21LADY株式会社を起業され経営者となっていますが、起業のきっかけはございますか?

広野道子:自分で経営者をやろう、とは思っていませんでした。「ライフスタイル提案を、ネットでやろう」というコンセプトのアメリカの会社が、日本支店を作りたいという相談が、私の友達経由であったのです。「支店なら何とかなるだろう」と思って準備をしました。場所を抑え、事務所を抑え、お金も集めたのですが、本社の経営が急激に厳しくなり、日本への進出がなくなりました。

新谷哲:ではアメリカの企業が来ないので、起業して経営者になろうと考えたのですか?

広野道子:お金も結構集まっていたので、「これなら自分でも経営できるかもしれない」と思い、社名だけ「21LADY」に変えて事業経営をスタートしました。「コンセプトは一緒だけど、向こうがやらないと言うので日本だけで事業経営します」と言った時に、最初に2億円ぐらい集まりました。

Vol.3へ続く

 

[プロフィール]
広野道子氏
21LADY株式会社 代表取締役社長

関西学院大学卒業後、株式会社ベンチャー・リンクに入社。FC本部の支援するグループ会社の代表取締役専務として20社のFC本部と提携及びFC開発を行う。1993年プラザクリエイトに入社、取締役社長室長としてグループ戦略の構築推進を行う。2000年にはライフスタイル産業総合支援事業として21LADY.COM株式会社を創業。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、広野道子氏(21LADY株式会社 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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