経営者インタビュー 森下篤史氏(株式会社テンポスホールディングス 代表取締役社長) Vol.2|経営ノート

経営者インタビュー 森下篤史氏(株式会社テンポスホールディングス 代表取締役社長) Vol.2|経営ノート

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、森下篤史氏(株式会社テンポスホールディングス 代表取締役社長)です。今回は、飲食店の開業や経営を多方面からサポートする、飲食店プロデュースのリーディングカンパニー、株式会社テンポスホールディングスの森下篤史社長にお越しいただきました。小中学校の時は落ち着きがなく、夏休みに学校に呼び出されしまうほどのいたずらっ子、高校でも何をやっても中途半端だったと、ご自身で振り返られます。1983年に独立開業されてから、1997年にテンポスバスターズを設立し経営者となります。テンポス社は5年後に上場を果たします。そして今後も5社の上場を目指していく、という目標を掲げられています。70歳を過ぎてもなお、現場の店舗を回り、パート従業員の声を聴くことを大切にされている森下篤史社長。常に志は高く、飽くなき挑戦を続けられる熱い経営者のお話をぜひお聞きください!

(2019年4月配信)



前回に続き、森下篤史氏(株式会社テンポスホールディングス 代表取締役社長)の経営者インタビューをお届けします。(Vol.1はこちら

新谷哲:大学卒業後、現在の東芝テックに就職されますが、選ばれた理由はございますか?

森下篤史:教育学部だったので、教員以外の就職先を選ぶ窓口がありませんでした。アルバイトで土木作業員をやっていたので、その仕事に就こうとします。そしたら女房が「それ以外に就職しろ」と言うので、新聞の募集記事を読んで、たまたま東芝テックに就職しました。新聞募集からなので、新卒ではなく中途扱いです。だから新卒研修を受けていない半端ものでした。

新谷哲:東芝テックでお勤めになっていた時の思い出はございますか?

森下篤史:研究熱心だったので、セールストークの研究、自社の商品知識、競争他社の商品知識などの勉強を、他の社員に負けないくらいしました。でも対人関係の問題で、お客さんに全く相手にしてもらえませんでした。例えば税金の償却について中途半端に知っている商店主が反論すると、討論をしてねじ伏せました。するとお客さんから「なるほど、お前の言うことが正しいということは分かったが、気分悪いから帰ってくれ」と言われるので、営業しても売れませんでした。この時は「人間は、物を買うとき損得合理的な計算で買う」と思っていたのです。半年間で1台も売れなかったので辞表を出します。そのとき上司に「俺さぼりながらやっていて、ずっと嫌だったから辞めるけど、1カ月間だけは会社でセールスやらせてくれ、自分を見極めてから辞めたい」と話します。そこである機械の発売を任されて、翌月から月に1台ずつ売れるようになりました。上司からは「売れるようになったのだから、仕事を続けたらどうだ?」となり、クビが繋がりました。それが1年目だったので、ろくじゃない社員です。2年目になったら、130万円の機械を販売しました。1年目に売っていた機械は27万円だったので、5倍の値段です。これも月に1台ずつ売れたので、売上が5倍になりました。売っている数は変わらないので、売れているとは思わないのですが、売上成績が30人中の7番目になり、部下が2人付きました。子どもの頃からお調子者だったこともあって、部下に良いところ見せようとして1人では訪問しにくい先でも「あそこを攻略するようでなきゃ男にならない」と見栄を張って訪問件数を増やした結果、成績が全国10位になりました。そうしたら部下が増えて6人になり、同じように頑張った結果、全国1位になります。今度は、社員を集めて勉強会を開くことにあり、勉強会ではチェーンストア理論の勉強をさせます。この勉強会のおかげで、私はチェーンストア理論をマスターし、また全国1位になりました。次は別の課も見るようになり、翌年また全国1位を取ることになります。調子に乗ってきて頑張ってきたから、力がついたという感じですね。

新谷哲:では、成績を上げて出世されたのですか?

森下篤史:出世はしました。新聞募集のセールスマンは、臨時雇用という扱いだったのですが、臨時雇用の評価制度がないのです。27歳ぐらいの時に全国1位なって本社へ行ったのですが、評価制度がない。全国1位の成績を上げたので、課長代理としていくことになったのですが、他の課長代理は40歳ぐらいの人達です。当時の経営者は、立て直しのために東芝から来た人で、とんとん拍子に出世をしたお調子者の私を使って改革をするのです。いろんな管理部門のルールを無視したり、好き勝手やりながら実績を上げたのですが、あちこちからクレームがきました(笑)。私がした仕事は、2勝8敗ぐらいの成績でした。「改革中だから8敗しても構わない」という方針だったのですが、改革をしていた経営者が亡くなりました。すると私のことを面白くないと思っている人達が声を上げます。それは保守派の、2勝よりも8敗が気になる人たちでした。ルールも無視していたので吊し上げられて、1年で本社をクビになり、営業所に行きます。そこでも色々やって、クビになりました。

新谷哲:今の森下篤史社長の姿とすごく重なるので、大変面白いです(笑)。

Vol.3へ続く

 

[プロフィール]
森下篤史氏
株式会社テンポスホールディングス 代表取締役社長

静岡県生まれ。静岡大学教育学部卒業後、大手レジスター会社に就職し、トップセールスとなる。1983年、共同精工(現キョウドウ)を設立。その後、1997年、中古厨房機器販売の「テンポスバスターズ」を設立。設立5年後の2002年12月にジャスダック市場に株式上場。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、森下篤史氏(株式会社テンポスホールディングス 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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