経営者インタビュー 小池義則氏(株式会社コドモン 代表取締役)|経営ノート

経営者インタビュー 小池義則氏(株式会社コドモン 代表取締役)|経営ノート

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、小池義則氏(株式会社コドモン 代表取締役)です。株式会社ベンチャー・リンクで出会った仲間と起業するも、経営方針の違いから解散し、別会社を起業。顧客からの依頼でシステムを作成する中で、保育園の課題を解決する方法を見つけ、こども施設業務サポートサービス「コドモン」をリリース。現在では全国4,000施設以上の幼稚園・保育園・学校にサービスを提供するまでに成長したエピソードを、ぜひお読みください。

(2020年3月配信)

※「経営ノート」では、「経営者インタビュー」のコーナーにご出演いただける経営者を広く募集しております。ご出演を希望される方は、ご遠慮なくお問い合わせください。


新谷哲:今回の経営者インタビューは、株式会社コドモン代表取締役の小池義則社長です。まずはご経歴を紹介します。1980年生まれ、兵庫県出身で、横浜国立大学経営学部を卒業後、東証一部上場の株式会社ベンチャー・リンクにご入社。退社後に株式会社スパインラボを設立。中小企業向けのWebシステムの企画・設計・デザイン・運用などを支援されました。その後、株式会社コドモンを設立し、子育て支援事業を本格的に稼働されています。またベンチャー・リンク時代は私の後輩でもいらっしゃいました。本日はよろしくお願い申し上げます。

小池義則:よろしくお願いいたします。

新谷哲:まず、最初の質問です。ご出身は兵庫県ということですが、小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

小池義則:基本的には少しおっとりしているというか、よくぼけっとして心配されるような子どもでした。

新谷哲:今のイメージからすると、随分かけ離れた感じですね。

小池義則:今も妻からはそういう目で見られているので、あまり変わっていないと思います。

新谷哲:高校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

小池義則:基本的にはずっとおっとりしていました。中学校時代に中高一貫の男子校に入ることができたので、勉強もそんなにできません。地域の中では良い進学校でしたが、別に目立った存在ではありませんでした。スポーツがすごく得意な訳でもなく、どこにでもいる子どもという感じです。

 

新谷哲:中高一貫の進学校に行ったということは、小学校時代は相当に勉強されたのですか?

小池義則:そうですね。小学校4年生から進学塾に入り、そこで3年間勉強して入学しました。

新谷哲:なるほど。では相当頭も良いのですね。

小池義則:そんなことはないですね(笑)。

新谷哲:その後、横浜国立大学経済学部へ進学されますが、こちらを選んだ理由はございますか?

小池義則:一番の理由は、一人暮らしをしたかったからです。また親に迷惑をかけたくなかったので、国公立が良いと思いました。私の偏差値的には、近場の神戸大学を狙うところなのですが、神戸大学だと自宅から通学しないといけませんでした。やはり一人暮らしするなら、「東京が良い」と思いましたが、東京で私が入れそうな国公立の大学はありませんでした。でも「横浜もちょっとおしゃれだな」と考えて、横浜国立大学を選びました。

新谷哲:なるほど。でも横浜国立大学へご入学できるというのは、勉強も相当できたのですね。

小池義則:そんなことはないですよ(笑)

新谷哲:大学時代はどのようにお過ごしになられましたか?

小池義則:大学時代は、実はほとんど大学には行っていません。3年間で大学に行った日数は200日くらいで、それ以外はずっとアルバイトをしていました。居酒屋のアルバイトなどもしたのですが、一番長くやったのは家庭教師の営業の仕事です。私はもともと、人とコミュニケーションを取ることが苦手でした。そこで大学時代にそれを勉強しようと思って始めました。そこで働いているメンバーは、すごく意識が高かったです。20名~30名ぐらいの学生スタッフがおり、全員がスーツを着て学生だけで運用をしており、学生ながら社会人の疑似体験をさせてもらいました。仕事内容は、問い合わせがあったお宅に営業に行ってクロージングをすることです。営業から戻ったら、営業のトークなどをメンバーと振り返ることもしました。あまり活躍できたわけではないのですが、メンバーに影響されて「キャリアアップしたいな、社会人として成功したいな」と思うようになった大学時代でした。

新谷哲:では、大学時代から経営者になりたいと思うようになったのですか?

小池義則:経営者になりたいと思うようになったのは、小学校の頃からです。父方、母方の両方が経営者の家系でした。母方はテントを作る会社で、父方は大阪で繊維の商社を経営しています。幼少期は母と過ごす時間が多く、母がよく父のことを自慢していた影響を受けて「起業して経営者になる」という思いを小学校の頃から持っていました。

新谷哲:大学卒業後、私も在籍したベンチャー・リンクに入社されますが、選ばれた理由はございますか?

小池義則:当時、ベンチャー・リンクは「起業家輩出機関」というキャッチコピーを使用していました。私はもともと、経営者になるという意識を持ており、先ほど話をしたバイトを通じて「経営者になりたい」という意識が最高潮になっていました。そこで「起業家輩出機関」というキャッチコピーに惹かれました。あと、面接で合う方が皆さんキラキラしていて「ここに入ったら私も変われる」と思っていました。

新谷哲:ベンチャー・リンク時代に学んだことや、思い出などはございますか?

小池義則:一番楽しかったことは、同期に恵まれたことです。私が入社した時は、同期が100名近くいて、会社の業績が下がり気味の時期でした。しかし、同期は私と同じく夢を持っているメンバーが多く、今でも年何回も飲めて、そこが楽しかったです。

新谷哲:ベンチャー・リンクには5年くらいいらっしゃいましたが、退社後は独立して経営者になったのですか?

小池義則:そうですね、はい。

新谷哲:独立しようと思ったきっかけというのは、何かありましたか?

小池義則:正直なことを言うと、あまり健全な気持ちではありませんでした。経営者になりたいと思って入りましたが、勤めているうちに経営者になるという意識がちょっと薄れていきました。中小企業を活性化するという大きいビジョンを持っている会社でしたが、会社の業績が下がり、実際にビジョン通りにやれていない言動不一致のような状況が、末端にいた私の立場からも目立っていました。業績が悪くなってくると、どうしてもマネジメントの仕方も少し上手くいかない状況になってくる中で、僕自身の心が少し不健全になります。自分の成果が出ないのは会社のせいだ、という意識もあり、「こんな会社辞めてやる」と思いながら会社を出て行った記憶があります。

新谷哲:なるほど。退社後に起業したのは、スパインラボという会社ですか?

小池義則:スパインラボの前に、共同経営をしていました。メンバーはベンチャー・リンク時代の仲間達です。当時、夜に飲みに集まって「この会社、駄目だよな」と会社の悪口を言うという、恥ずかしいようなこともしていました。飲みの席で、「独立したいけど、少し怖い。なら皆で1回独立して経営者になろう」とノリで起業して経営者になりました。私が外食関係の部署にずっといたので、外食人材専門の人材紹介会社で事業をスタートします。

新谷哲:その会社は、だいたい2年ぐらい続いたのですか?

小池義則:1年半ぐらいです。

新谷哲:その後、スパインラボを設立されますが、お辞めになった理由は何でしょうか?

小池義則:4人で起業共同経営した会社が、空中分解をしました。共通の経営ビジョンがあった訳でもなくて、経営者になりたいメンバーが集まっただけなので、考えていることが皆バラバラでした。「人材紹介業は営業力で何とかなる」と考えていましたが、現実は甘くなく、事業が上手く軌道に乗りませんでした。私は「人材紹介だけで収益を上げるのは難しい」と考えて、採用専用のホームページを作る事業を社内で始めました。それが比較的上手く立ち上がり、月200万円ぐらいの利益が出るようになりました。その利益で、会社としての収益が上がっている状態でした。起業から1年ぐらいして、「皆で集まって、今後の会社のビジョンを話し合おう」と経営合宿を行いました。私はホームページで利益が出ていたので「この会社はWEB会社として伸びていく」と考えて資料を作りましたが、他のメンバーは見事に違っていました。特に意味が分からなかったのは、「芋を安く仕入れられるから焼き芋屋をやりたい」という意見があったことです。そのような状況だったので、共同経営の会社を抜けました。ホームページを作る事業で利益を得られた経験から「1人だけだったらなんとか食べていける」と思っていたので、すぐに独立して経営者になれました。

新谷哲:ではIT系の企業として独立をしたのですか?

小池義則:「IT系の企業として独立しよう」と思い鼻息荒く経営をしましたが、それは全くできませんでした。当時はホームページの営業会社がすごく伸びていた時期でした。ベンチャー・リンクと一時提携された企業も、すごくホームページを売られていたと思います。「5年で300万円ぐらいのコストでホームページができる。営業マンをひとり雇うことを思えば安い」という感じで営業する会社が乱立する中で、私もホームページ売るために電話営業をしました。しかし1日80件かけても1件もアポが取れない状況が続きます。創業する勢いで1人採用していたので、固定費も上がっていました。ホームページ売れないので、名刺作成やチラシ作成に切り替えました。「名刺安く作りますよ」と電話したら「じゃあ試しに作らせてやるよ」と反応があり、「チラシ作成に10万円かけているなら、うちは作れば8万円にコストダウンできますよ」という感じで、アポ率は高かったです。当時はそのようなことをやっている会社はあまりなく、上手く回ってしまったので、1年以上、ホームページではなく、紙で食べていく時期が続きました。

新谷哲:なるほど。その後、ホームページの事業経営に戻ったのですか?

小池義則:そうです。経営者に直に営業をしたので、距離感はすごく近い営業でした。名刺を作った後にチラシを作ったりしました。チラシ作成を依頼する会社は、何らかの販促したい、売上を取るために何かPRをしたい、と考えていますので、ホームページのニーズが必ず存在しました。そのため、誠実にチラシを作って納品し、コミュニケーションを取る中で「次はどういうプランにしましょう?」と話をしていくと、「ホームページを作れるのなら作ってよ」と仕事が取れるようになりました。既存のお客さんが広がってくる中でホームページの仕事が増えてきた形です。

新谷哲:お話をお聞きして、ベンチャー・リンク時代に学ばなければいけないことを独立してから学ばれていて、素晴らしいと感じました。その後、「コドモン」という子どもの施設向け業務サポートサービスをリリースされます。なぜ、このサービスを思い付いたのでしょうか?

 

小池義則:独立して3年目になると案件数が増えて、ホームページの作成能力も上がったことで、会社の収益は伸びていました。しかし、「自分は何のために独立をしたのか?」と悩むようになります。私の祖父はそれなりの会社を経営していたので「祖父を超える」という目標があったのですが、当時はフリーランスのチラシ屋みたいな感じで、先が見えない状態でした。ベンチャー・リンクの掲げていた「起業家輩出機関」のような、大きな企てを作ろうとしましたが、なかなか作れるものではなりません。仕事を受注するだけでなく、自分の事業を作りたいと悩んでいたのが、起業3年目の時期です。

新谷哲:なるほど。それで「コドモン」というサービスを思い付いたのですね。

小池義則:思い付いたわけではなく、「コドモン」も受託でした。ホームページの制作を進める中で、システムの制作や顧客管理の仕組みを受託するようになり、システムが作れる体質の会社になっていました。その頃に、ベンチャー・リンク時代の先輩から「新しく保育園を作るからシステムをやってみないか」と声をかけていただきました。それなりの規模感があるシステムで、私は1年ぐらい時間を使うことができ、現場の方ともコミュニケーションを取らせていただきました。すると保育園の課題が何となく見えてきて、「このサービスであれば、自社の事業として展開できるのではないか?」と考えました。その後、先輩に納品したシステムを自分の事業として販売する許可をいただいて、うまく展開できました。これは私にとって初めの幸運でしたね。

新谷哲:なるほど。2018年11月には株式会社コドモンという別会社を設立され、そこで子育て支援事業本格稼働されるのですね。その事業内容についてお教えいただけますか?

小池義則:「子どもを取り巻く環境をテクノロジーの力で良いものにする」というミッションを掲げています。大きく分けると、2つあります。1つ目は子ども施設に従事する先生方の業務負担を軽減し、子どもと向き合える時間を増やすこと。2つ目は、家庭内の環境をサポートすることです。子ども施設というのは、保育園や幼稚園、小学校、塾などの少々です。1つ目の先生方の業務負担は、保育園の事例で説明をします。1日の3割くらいは何かしらの事務処理をしています。日中はほとんどの時間を子どもと過ごさなければいけないので、事務処理が夜中まで続いたり、隙間時間で処理したりと、労働環境としては劣悪です。そのせいで、保育士を辞める方が多いのですが、ICTを使って自動化・効率化するというパッケージを展開します。2つ目の家庭内のサポートですが、保育園への連絡というのは、連絡帳を使って煩雑にやっています。それをワンタッチで欠席連絡ができるようにするアプリなどを開発しています。

新谷哲:お教えいただきありがとうございます。ここからは違う質問をしていきます。好きなもの・好きなことを事前にお聞きし「デジモノ・仕事?」という面白いお答えをいただきました。仕事好きでいらっしゃると思いますが、「?」と入れた理由は何でしょうか?

小池義則:他にも趣味が欲しいと思ったからです。「何が趣味ですか?」と言われて仕事以外に思いつかなかったので「?」と付けましたが、「経営者を引退した後、自分はどうするのかな?」ということを日々感じています。とは言え仕事が好きなので、家庭も大事にし、家庭に時間を使わないときは寝るか仕事をしている、という過ごし方をしています。

新谷哲:なるほど。もう1つは「デジモノ」とお答えいただきましたが、「デジモノ」って何でしょうか?

小池義則:パソコンとかオーディオのような、デジタル系グッズです。私が個人的に何か買うといったら、デジタル系のものが多いです。

新谷哲:では、スマホなども大好きなのですか?

小池義則:スマホも大好きです。毎年買い換えています。

新谷哲:なるほど。次に座右の銘をお聞きして、「生きているだけで丸儲け」とお答えいただきました。こちらを選ばれた理由をお教えいただけますか?

小池義則:起業してちょっとした時に、大失敗して絶望したことがあります。そのときに
「でも、生きているな」という最低限のラインを見つけました。「生きているだけで丸儲け」とは明石家さんまの座右の銘なので、その時にたまたま見ていた番組で明石家さんまの座右の銘を見て「これすごく良い。生きているという、最低限のところに対しての感謝の気持ち持っていれば、やり直せるのではないか」と思い、座右の銘に選びました。

新谷哲:なるほど。素晴らしいですね。次が最後の質問です・全国の経営者、これから起業する方に向けて「経営者として成功する秘訣」をお教え下さい。

小池義則:いつか成功すると確信することです。私は生まれてからずっとパッとしない人生を送っていました。初めて歩いたのは生後16ヶ月、自転車も小学生まで乗れなかったり、運動神経も悪く、勉強もそんなにできませんでした。しかし親の愛情は受けており、親が自分に期待してくれたことが自己肯定に繋がりました。私は能力値が低く、色々なものが欠けていますが「将来は絶対に成功しているだろうな」と確信している自分は常にいました。成功の秘訣は何かというと、自分を信じる心や、成功しているだろうという確信みたいな部分です。そこが私の光みたいな感じで、いつも働いています。

新谷哲:大変深いお話でございました。小池義則社長、本日はどうもありがとうございました。

小池義則:ありがとうございます。

 

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編集後記(聞き手・新谷 哲 談)

本日の経営者インタビューは、私の後輩である小池義則社長でした。ベンチャー・リンク時代に一緒に働いていた時は、こんなに優秀だったという記憶がなく、驚いています。横浜国立大学出身らしい、頭脳明晰で論理的にお話をいただきました。学んだことをちゃんと仕事に生かしている大変素晴らしい経営者です。全国の経営者様方も、ぜひ、ご参考にしていただければと思います。

 

[プロフィール]小池義則氏
株式会社コドモン 代表取締役

1980年生まれ、兵庫県出身。横浜国立大学経済学部を卒業後、東証一部上場のコンサルティング会社に入社。ITを活用した社内業務の効率化を目的としたWeb推進室室長を経て、2007年に退社。2009年に株式会社スパインラボを設立し、中小企業向けにWebシステムの企画・設計・デザイン・運用を支援。2015年に自社プロダクトとしてこども施設業務サポートサービス「コドモン」をリリース。2018年11月に株式会社コドモンを設立し子育て支援事業を本格稼働。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、小池義則氏(株式会社コドモン 代表取締役)の経営者インタビューを取り上げました。

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