“社会的手抜き”を防ぐ「何のため」との問いかけ

集団で作業を行なう場合、メンバーの人数が増えれば増えるほどひとり当たりの貢献度が低下するという。個がマスのなかに埋没するわけだが、その予防にはやはり個の意識を喚起するしかないのだ。

人数が増えればひとりの貢献度は低下する

約100年前に、ドイツの心理学者リンゲルマンは、綱引きの実験を行なった。ひとりが綱引きをするときと、2人が力を合わせて綱引きをするとき、またその後も順次綱引きに参加する人数が増えるたびに個人がどのように力を発揮するかを調べる実験だった。

もしそこで相乗効果が発揮されれば、綱引きに参加する人が増えるたびに、より大きな力が発揮されることになる。そう予想されたのだが、実際にはまったく違う結果が出たという。2人で構成されたグループは期待値の93%、3人で構成されたグループは85%、8人で構成されたグループは49%しか力が発揮されなかったのである。

つまり参加する人数が増えれば増えるほど、ひとりの力が発揮されないという現象が発生したのだ。集団で作業を行なう場合、メンバーの人数が増えれば増えるほどひとり当たりの貢献度が低下するという現象であり、リンゲルマン効果と名づけられた。

リンゲルマン効果は社会的手抜きともいわれ、次の事例がよく紹介されている。1964年、アメリカの某マンションで女性が暴行にあった。彼女は殺されるまでに30分以上かかっている上に、38人ものマンション住民が目撃していながら誰も通報することなく結果、彼女は見殺しにされた。「誰かが」という心理が事件への関わりを妨げたのである。

同様な出来事は国内でも報道されているし、たとえば人口が多い大都市では事件・事故があったとしても、見て見ぬふりをする場合が多いとされるのも、「自分ひとりぐらい」という群集心理が働いているといわれている。

「自分がいなければだめだ」と変えていく

何故ひとりのときよりも集団で動くときに力が発揮できないのであろうか。その最大の理由は、集団のなかで自分の存在感を認識できないからだとされる。綱引きでいえば、自分が努力しても綱引きの勝敗が決まるわけではない、自分ひとりががんばったとしても大勢に影響はない、という理屈が一人ひとりのなかでまかりとおってしまうのである。

会社組織においても、たとえばミーティングで、自分自身によいアイデアがあっても、自分がプロジェクトの責任者ではないとの理由で、出しゃばらずにうやむやにする場合がみられる。

リンゲルマン効果を遮断するにはまず、「自分ひとりくらい」という考えを「自分がいなければだめだ」「自分がやらなければ」と変えていく必要がある。つまり、担当する仕事と個人の役割に対して誇りをもてるようにすることが肝要だ。

そして物事をなすときに、つねに「何のためにやるのか」という問いと答えが必要となる。中国の有名な古典『十八史略』のなかに次のような言葉がある。漢の高祖・劉邦に、部下が進言した言葉だ。

「徳にしたがう者は栄え、徳に逆らう者は滅びます。大義名分なしに戦いを起こしても、成功するはずがありません。しかるに、敵の非を明らかにすれば、勝利はこちらのものといえましょう」

この戦いの大義名分は何か。敵の非は何か。何のために戦うのか。それを明らかにしたほうが勝つと、部下は訴えたのだ。企業や生活においても同様であろう。この仕事は何のために行なうのか。このプロジェクトはなぜ実施するのか。その答えが一人ひとりの中で明確にされ活動を開始したとき、1+1は3にも5にも膨れあがっていくに違いない。

そうなのだ。組織、集団といえども、その構成要素の根源はひとりの人間なのである。

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