成功経営者インタビュー

ベイシス株式会社 代表取締役社長 吉村公孝氏 インタビュー

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、吉村公孝氏 (ベイシス株式会社代表取締役社長)です。(2021年12月1日 2021年12月8日 配信)

今回は、ベイシス株式会社の吉村公孝社長にお越し頂きました。デジタル社会をインフラで支える「インフラテック事業」を展開する、マザーズ上場企業の経営者です。
5GやIoTに代表される次世代テクノロジーが、社会で役立っていくには、通信インフラの整備が欠かせません。裏方でありながら、私達の生活の「当たり前」を支えて下さっている、無くてはならない存在です。吉村公孝社長が、現在の事業に到るビジネスチャンスを掴み取ってきたエピソードから紡ぎだされる成功の秘訣は、ビジネスパーソン必聴です!経営のヒントが得られますので、ぜひインタビューをお聞きください。

新谷哲:今回の経営者インタビューは、ベイシス株式会社の吉村公孝社長です。まずは経歴のご紹介です。広島県生まれ。岡山理科大学工学部機械工学科をご卒業後、独立系エンジニアリング会社に就職をされます。その後、フリーランスのエンジニアを経て、有限会社サイバーコネクション(現ベイシス株式会社)を設立。2021年には東証マザーズへ上場をされています。本日はよろしくお願いします。

吉村公孝:よろしくお願いします。

新谷哲:最初の質問です。小学校・中学校時代はどのようにお過ごしでしたか?

吉村公孝:勉強もスポーツも好きでした。優等生のように聞こえますが、どちらかと言えば活発でやんちゃなタイプでした。

新谷哲:クラスでは相当おモテになったのではないですか?

吉村公孝:モテたかどうかは分かりませんが、目立っていたとは思います(笑)。

新谷哲:高校時代はどのようにお過ごしでしたか?

吉村公孝:地元の進学校に入学をしたのですが、真面目な校風に馴染めず反発し、成績はかなり落ちてしまいました。小学校から続けていたバスケットボール部に入り、その時間が唯一の楽しみで、スポーツ中心の生活を送っていました。

新谷哲:その後、岡山理科大学工学部機械工学科に進学をされます。こちらを選ばれたきっかけはございますか?

吉村公孝:私の家系では技術者や手に職を持つ身内が多くいました。その影響か、何となく子供のときから「技術的なことをやりたい」と考えていました。また、理系科目が得意だったこともあり、機械工学科を専攻しました。

新谷哲:なるほど。当時の思い出はございますか?

吉村公孝:高校卒業後「自立をしたい」と親に啖呵を切り、仕送りを一切受けず一人暮らしを開始しました。貧乏な苦学生だったので、アルバイトと交友関係に時間の大半を費やしていました。

新谷哲:どのようなアルバイトをされていましたか?

吉村公孝:皿洗いやガソリンスタンドから始まり、さまざまなアルバイトを経験しました。当時は生活費を稼ぐために、時給の高いバイトを選び掛け持ちしていましたね。

新谷哲:大学時代から自立されていたとは素晴らしいですね!

吉村公孝:私は幼少期から、親に服を着せてもらうなど何かをしてもらうことに反抗をする「イヤイヤ期」が強かったそうです。物心ついた頃から「全部自分でやりたい」と考える性格でした。

新谷哲:大学卒業後は、独立系エンジニアリング会社に就職をされます。こちらを選ばれたきっかけはございますか?

吉村公孝:私は大学時代から「将来は起業をしよう!」と考えていましたが、何をやりたいのか決めきれず、悶々としていました。そんなとき教授に「この会社はどうだ?」と勧められた企業に入社をしました。「何でもいいから生活のために就職をし、社会勉強をしながら起業のチャンス探ろう」と、正直、その業界や会社である理由も無く就職を決めた感じです。

新谷哲:その会社ではどのようなお仕事をされていたのですか?

吉村公孝:弊社が展開する事業と近い仕事をしていました。その会社では、携帯電話会社や電力会社などのインフラ系企業に対し、通信インフラ・ネットワークのご提供をしていました。入社後は、当時お客様だった関西電力を担当する部署に配属され、関西電力が所有する通信ネットワークを監視するためのデータベース作成をしました。その後、新規事業として取り組んでいた携帯電話のインフラ構築に興味を持つようになり、モバイルネットワークの仕事に携わらせて頂きました。

新谷哲:現在の事業に近いビジネスに出会えたことに、運命を感じますね。

吉村公孝:はい。当時は「勤めている会社の外にチャンスがある」と思い探し求めていました。しかし、チャンスはすぐ目の前にあったのです。たまたま就職をした会社で今のビジネスに出会うことができ「本当に運が良かった」と感じています。

新谷哲:サラリーマンの方からすると「どこにでもチャンスは転がっている!」と勇気を持てるお話です。その後、1年半でフリーランスのエンジニアになられています。お早い独立ですね。

吉村公孝:私が就職をした1995年は、MicrosoftのWindows 95が発売されたばかりで、パソコンも携帯電話もまだまだ高嶺の花というイメージがありました。ところが、1年後の1996年には一般家庭にもパソコンが普及し始め、新入社員が携帯を持つような時代になりました。私は、「90年代後半~2000年にかけ、間違いなくパソコン・携帯電話・インターネットが社会を変える!」と確信をしました。周りからの「まだ早い」という声は多くありましたが「波に乗りそこなってしまえば、絶対に後悔をする。早くチャンスを掴まなければ」と独立を決意しました。

新谷哲:当初はどのようなお仕事をされていましたか?

吉村公孝:フリーランスの無線エンジニアとして活動をしていました。インフラ構築の業界は多重下請け構造になっており、携帯電話会社様から大手エンジニアリング会社に発注があり、その子会社や下請け企業に仕事が流れていきます。私は資金も何もない個人事業主なので、もちろん大手企業と直接取引はさせて頂けません。三次・四次の下請けとして個人契約を結びました。具体的な業務としては、皆さんがお使いの携帯がきちんと通信ができるように、携帯電話基地局から発せられる通信無線のセッティング等を行っていました。工事会社さんが、携帯電話基地局をビルの屋上や山に設置をした後に、ノートパソコンを用いて初期設定をします。また、基地局からの電波がしっかり届くよう、車に専門の機材を積んで対象地域を巡回することで電波データを取得し、圏外エリアの調査をするなどしていました。

新谷哲:その後、有限会社サイバーコネクション(現・ベイシス株式会社)を設立されました。フリーランスから法人化された理由はございますか?

吉村公孝:私はもともと、法人化することを前提にフリーランスになりました。サラリーマン1年目は、給料日前にはご飯が食べられないくらい貧乏でした。「これでは、いつまでたっても事業資金は貯まらない……」と感じ、単価の高いフリーランスへと転身しました。そうしてコツコツお金を貯め、ようやくある程度の資金ができた2000年に「社員を雇い、組織化し、事業を大きくしよう!」と決断し、法人化をしました。

新谷哲:やはり、当時の通信インフラ構築業界では、需要の高まりが見て取れたのですか?

吉村公孝:モバイルインフラに関する需要は、かなり高まっていました。現在の移動通信システムはまさに、4Gから5Gに切り替わっている最中ですが、2000年は2Gから3Gに切り替えるタイミングでした。このチャンスをしっかり掴むためにも、法人化をしました。

新谷哲:その後、本社所在地を広島から東京に移転、社名をベイシス株式会社に変更されていますね。

吉村公孝:2000年に広島で創業し、全国展開を開始するため2006年に本社を東京へ移しました。そこから急激に売上が伸び始め、2年~3年で2億円から10億円と約5倍にまで増加しました。

新谷哲:その後、2021年にマザーズ上場をされます。当初より上場を意識されていたのですか?

吉村公孝:創業時は「上場とかできたらいいな」と漠然と考えている、憧れのレベルでした。しかし、全国展開後は外部環境が良かったこともあり、会社は急成長していきました。2007年頃には「上場が狙えるのではないか?」と思うところまできて、意識をするようになりました。

新谷哲:意識をされてから上場するまでの間に、リーマンショックなども重なっていらっしゃいますね。ご苦労はございましたか?

吉村公孝:はい。実は、今回上場するまでには3回の挑戦をしています。まさに、3度目の正直です。1度目の挑戦は、上場を狙い始めた2007年頃です。監査法人や主幹証券を付け準備を進めましたが、組織を急拡大した歪みと、リーマンショックが到来し市況が良くなかったため上場をペンディングしました。そこから約3年で、10億円だった売上が30億円~40億円に増え、業績も大きく向上しました。そのため、2013年頃から2度目の挑戦をすることにしました。しかし私の未熟さから、2016年には再び上場を延期する運びとなりました。当時の弊社は、本業以外の新規事業へいろいろと手を出し、さらに多くの子会社を設立していました。それらが上手くいかず、トップライン(売上高)は伸びていますが、利益額がとても薄くなってしまいました。そのため、一旦は不採算事業や子会社整理へ専念をすることにしました。そして、全ての子会社を吸収合併し落ち着いてきた2017年に、ベイシス株式会社へと社名変更をし、3度目の挑戦をスタートしました。こうして、紆余曲折ありながらも上場を果たすことができました。

新谷哲:2017年の3度目の挑戦では、順調に上場まで行かれたのですか?

吉村公孝:大きな問題もなくスムーズに上場まで行くことができました。良くも悪くも、3度目の挑戦ということもあり、すでに管理体制や内部統制の仕組みなどはできあがっていて、工数を掛ける必要はありませんでした。また、業界の外部環境が良くなっていく見込みや、競争優位性の確立などの準備も整っていました。長年かけて築いてきた、攻めと守りの事業計画が実ったという印象です。

新谷哲:ありがとうございます。もしよろしければ、ベイシス株式会社の事業内容をお教えいただけますか?

吉村公孝:弊社は、「インフラテック事業」を展開しています。これは私たちが、インフラストラクチャー(インフラ)とテクノロジー(テック)というキーワードを掛け合わせ作った言葉です。創業の時から、携帯電話を中心とした通信のインフラ構築や、ネットワーク運用などの業務を受託してきました。そのノウハウに、ITテクノロジーを掛け合わせることで、生産性高くインフラ構築・運用ができることを強みとしています。そのため「インフラテック事業」という造語で、他社との差別化を図っています。具体的には、大きく2つのサービスがございます。1つ目は、モバイルエンジニアリングサービスです。携帯電話やWi-Fiなど、通信キャリアから直接依頼を受け、エンジニアリング業務を行っています。このような、通信インフラの構築・運用をメインビジネスとしており、現在では5G関連案件が特に増加しております。2つ目は、IoTエンジニアリングサービスです。最近では、この分野の業績がとても伸びています。IoTとは、モノがインターネット経由で通信することを意味します。例えば皆さんのご家庭に、電気メーターもしくは、ガスメーターがあると思います。旧来のアナログメーターであれば、業者の方が一軒一軒の使用量を見て回り、電気料金を計算し請求書を発行するという仕組みでした。それがここ数年で、無線通信を用いた「次世代スマートメーター」への切り替えが進み、遠隔でメーター制御・監視ができるようになりました。それにより、皆さまからすると「どのぐらい電気を使っているのか?」をリアルタイムで確認することができるようになりました。その他にも、温度などのさまざまな次世代センサーやカメラをあらゆる場所に設置しています。フィジカル空間(現実空間)にあるデータを取得・分析することで、フィジカルデータとして各企業様にフィードバックし、サービスに役立てるための仕組づくりなどをしています。これらのサービスは全て無線ネットワークを用いており、幅広い分野の事業や生活をよりよくするためのお手伝いをさせて頂いております。裏方ではありますが、実は皆さまの生活に密着したビジネスなのです。

新谷哲:ここからは違う質問をさせていただきます。好きなもの、好きなことをお聞きして、「モータースポーツ観戦(F1など) 、野球観戦(広島東洋カープ)、ゴルフ、バスケットボール、ビジネス、お酒」とお答えいただきました。スポーツがお好きなのですね!よくされるのですか?

吉村公孝:自分がプレイするのはゴルフぐらいですが、スポーツが好きでよく観戦をしています。最近、弊社は私の地元サッカーチーム「福山シティFC」とスポンサー契約を締結させて頂きました。新進気鋭のチームでありながら、J1リーグを目指すという高い志を持たれている姿勢、そして有言実行とばかりに獅子奮迅の活躍をされている姿に、心から感銘を受けています。応援をしながら、Jリーグへと勝ちあがっていく過程を見ることができるのを楽しみにしています。

新谷哲:座右の銘もお聞きして「初志貫徹」とお答えいただきました。こちらを選ばれた理由はございますか?

吉村公孝:自分らしいと感じ「初志貫徹」を座右の銘に挙げさせていただきました。私は、やると決めたことは必ずやり遂げることをポリシーにしています。上場に関してもそうですが、言ったことはやる、約束は守る、それがプライドでもあり一番大切にしていることです。

新谷哲:ありがとうございます。次が最後のご質問です。全国の経営者、これから起業する方に向け、経営者として成功する秘訣をお教えください。

吉村公孝:ビジネスで成功する上で重要だと思うポイントは、2つあります。1つ目は、マーケット選定です。私の場合、業界の追い風に乗り事業拡大をすることができました。どの分野・業界を対象にビジネスを展開するかは、非常に重要です。2つ目は、競争優位性です。いくらマーケット選定が良かったとしても「御社ならではの強み」が無ければ、お客様からは選ばれません。他社よりもお客様にメリットを提供することのできる「何か」を作っていく必要があります。

新谷哲:大変参考になるお話でした!吉村公孝社長、本日はありがとうございました。

編集後記

今回は、吉村公孝社長でした。学生時代から起業を志し、苦難があっても諦めず、3度目の正直で会社を上場させるまでに成長させる。まさに「初志貫徹」を体現されていらっしゃる、素晴らしい経営者だと感じました。スマートでいらっしゃいますが、その裏ではたいへんな努力の積み重ねをされているのでしょう。ぜひ皆様も参考に、共に成功社長を目指していきましょう!

吉村公孝氏
ベイシス株式会社 代表取締役社長

1972年広島県生まれ。岡山理科大学工学部機械工学科を卒業後、独立系エンジニアリング会社に入社をされます。入社後1年半で携帯電話業界の将来性に着目し、フリーランスのエンジニアとして個人事業で独立。2000年には、デジタル社会をインフラで支える 「インフラテック事業」を展開する、有限会社サイバーコネクション(現ベイシス株式会社)を設立。2006年には東京に進出し日本全国に事業を拡大し、2021年に東証マザーズ上場を果たされました。また、2021年には、世界的起業家団体EOの中四国地域のチャプター「EO Setouchi」を設立し会長に就任。世界最大チャプターであるEO Tokyo CentralではEO of the Year 2021を受賞されています。情報経営イノベーション専門職大学の超客員教授も務め、学生から起業家まで、学び成長できる環境づくりにも尽力されています。

※本インタビューへの出演をご希望の方はこちらよりご応募ください。

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、吉村公孝氏(ベイシス株式会社 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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