本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、天沼聰氏(株式会社エアークローゼット 代表取締役社長 兼 CEO)です。(2025年5月7日 2025年5月14日 2025年5月21日 配信)
今回は、株式会社エアークローゼットの天沼氏にお越し頂きました。高校時代をアイルランドで過ごし、英ロンドン大学でコンピューターについて学ぶ。帰国後はIT系の企業に勤め、2014年に株式会社エアークローゼットを設立。普段着に特化したレンタルサービス業で業績を伸ばし、上場を果たしたエピソードから経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお読みください。
新谷哲:本日の経営者インタビューは株式会社エアークローゼットの天沼聰社長です。まずは経歴の方をご紹介します。1979年生まれ千葉県ご出身、高校時代はアイルランドで高校をお過ごしになり、イギリスのロンドン大学へ進学。その後アビームコンサルティング、楽天株式会社とお勤めになり2014年に株式会社エアークローゼットを設立。2022年には東証グロース市場に上場をなさいました。天沼聰社長様、本日はよろしくお願いいたします。
天沼聰:よろしくお願いします。
新谷哲:最初のご質問です。ご出身は千葉県千葉市とのことですが、小学校時代も千葉でしょうか?
天沼聰:小学校、中学校とずっと地元の千葉にいました。
新谷哲:小学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
天沼聰:今とそんなに変わりませんが、当時まだデジタルがなくてアナログだったので、外で遊んでいることが多かったです。
新谷哲:ガキ大将とかそんな感じでしたか?
天沼聰:いえいえ、そんなことないです。仲間と一緒によく公園で遊んでいました。
新谷哲:中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
天沼聰:中学は、1年生の時にテニス部に入って、その後バレー部に入りました。割とずっと部活をやりました。
新谷哲:では、スポーツ少年という感じでしょうか?
天沼聰:そうですね、できる限り文武両道でいたいと思い頑張りました。
新谷哲:高校時代はアイルランドの高校に進学されますが、アイルランドへはどのような経緯で行かれたのでしょうか?
天沼聰:海外に興味を持ち始めるきっかけは色々ありますが、私は異文化の中に自分の身を置きたいという思いがありました。中学1年生の夏休みに、母親が勝手に申し込んだ留学体験で、イギリスに1ヶ月行きました。それは中学1年生~大学4年生までが参加でき、私が一番ちびっこでした。お兄さんやお姉さんと一緒に参加する中で、イギリスの電車に乗ります。今もそうだと思いますが、イギリスの電車はボタンを押すとドアが開く仕組みでした。初めての海外旅行で、添乗員の方について行くだけという感じでしたが、電車のドアが開くとカップルが熱いキスをしていました。中学1年生だった私は「わーっ」と思ったのですが、よく見ると男性同士のカップルで、さらに「ワッ!」と驚きました。私は気になってチラチラ見てしまいましたが、車両に乗っているイギリスの方は自然でした。当時の私は、言語化できない違和感を持ちます。それは「自分が生きてきて作った価値観や当たり前は、他の文化の中では当たり前ではない」というもので、まったく違う価値観、異文化の中に自分を置いたときになにが起こるのか、に興味を持ちました。高校受験のタイミングで、海外に行きたいと考えますが、祖父が「危ないから行っちゃダメ」と大反対します。諦めたくないので色々探したら、世界各国に日本人学校があり、学校の寮もあることを知りました。その中で一番肌に合いそうだと思ったのがアイルランドにある学校に行くことを決め、祖父にも話してOKをもらい、進学することにしました。
新谷哲:天沼聰社長のご家庭は、割と先進的だったのですね。
天沼聰:母や父は新しいものを割と取り入れました。小学校の時には、Windowsが出る前のパソコンを父が買っていました。私はそのパソコンでゲームなどをして、面白いと思いプログラミングなどもしました。父も母も、新しいことに挑戦したり、取り入れたりする考え方を持っていたと思います。
新谷哲:Windowsが出る前からパソコンに触れていたのは、先進的なご家庭だったと思います。お祖父様は反対されたとのことですが、他のご家族はアイルランドに行くことを反対されなかったのですか?
天沼聰:相当心配だったと思いますが、母は反対せず「行ってみたらいいんじゃない」と言ってくれました。
新谷哲:アイルランドでは自炊をなさったのですか?
天沼聰:完全に寮生活でしていません。海外でしたが、学校内は日本語も通じますし、3食ついているので安心して暮らせました。
新谷哲:アイルランドでの高校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
天沼聰:現地でしかできない体験がしたくて、部活をしました。競馬が強い国なので乗馬をやってみたいと乗馬部には入りましたが、同学年が少ないので掛け持ちしないと部活が成り立たず、3つくらいは入ろうという決まりがありました。そこで、乗馬部とサッカー部と軽音楽部の3つに入り、一番力を入れたのが乗馬部でした。
新谷哲:卒業後は、ロンドン大学に進学されています。なぜ日本の大学でなく、イギリスに残ろうと考えたのでしょうか?
天沼聰:当時は色々な選択肢を考えました。最初は日本に戻ろうと考えましたが、留学の原点は「異文化の中に自分を置いてみたい」でした。高校生活を振り返ると、友達は日本人、先生も多くは日本人で「本当に異文化の中に自分を置いたのか?」と心残りがありました。今度は現地の大学に通い、出来れば一人暮らしがしたいと母に相談をし、イギリスの大学に進学させてもらったという感じです。
新谷哲:学科はコンピューター情報システム学科ですが、当時だと最新分野だと思います。こちらを選ばれたのは、パソコンに触れていたからでしょうか?
天沼聰:そうです。小学生の時、カセットテープに情報を保存していたのが、フロッピーディスクに代わるなど、テクノロジーは面白い、変わっていきそうだと思いました。高校生の時ぐらいに、ようやくラップトップのノートPCが出てきて、インターネットに触れ始めます。今はLINEを使えばほとんどお金がかからずに海外と通話できますが、当時は国際電話するのに1回で数千円かかる状況でした。しかし、インターネットでメールのやり取りや、画像を送れる体験をして「インターネットが人類を変える」と感じます。また、日本では二つ折りのパカパカ携帯が出て、カラーに代わっていましたが、イギリスはカラーじゃないなど、国によってもテクノロジーの進み方が違います。大学はIT系を選びましたが、日本に乗馬学校を作ることができたら面白いと思い、乗馬の牧場経営学みたいな道とどちらにするか悩みました。最終的には、人のライフスタイルを広く変えるのはテクノロジーだと思い、コンピューター情報システム学科を選びました。
新谷哲:インターネット革命は1993年~1995年ぐらいに起こりましたが、天沼聰社長が大学に進学されたのはその時代でしょうか?
天沼聰:中学を卒業して高校に入ったのが1995年〜1998年なので、そうですね。
新谷哲:私がパソコンを持ち始めたのが1995年くらいでした。当時は「インターネットってなんじゃ?」という状態で、そこからガーッ盛り上がるという時期ですね。天沼聰社長はすごく先進的でいらっしゃいます。
天沼聰:テクノロジーに関しては、すごく早く触れたと思います。世代としても携帯電話を含めてデジタルやテクノロジーの移り変わりが激しく、自分の中ではラッキーだったと思います。携帯がない時代は駅に行くと黒板があり、そこに「どこどこに先に行っている」と書いて待ち合わせしました。高校時代にポケベルやPHS出て、大学時代に携帯電話が出て、社会人になって数年たったタイミングでスマホが出てきました。スマホ革命は本当にすごいと感じており、インターネットが人の生活の当たり前になったのはスマホに入ってからです。携帯電話でもドコモの「iモード」がありましたが、人の生活に浸透させたのはスマホです。それをまざまざと見てきました。
新谷哲:大変勉強になるお話ありがとうございます。元の話に戻して、イギリスのロンドン大学時代はどのようにお過ごしになられましたか?
天沼聰:できるだけ現地の生活に触れました。例えば、現地のサッカーチームに入れさせてもらいました。イギリスは駅ごとに地元のサッカーチームがあり、おじさん達と一緒に週2回サッカーをします。他にもパーティーに参加したりと、色々なことをして過ごしました。授業にはできる限り行きたいと思いましたが、今振り返るとサボっちゃいましたね。

新谷哲:卒業後は、アビームコンサルティングに入社されます。外資系の企業ですが、こちらは現地でしょうか、それとも日本で入社されたのでしょうか?
天沼聰:日本です。帰国してから就職活動をしました。最初は、帰国して1年ぐらいは日本のことを知るために旅をしようと思いました。なぜかというと、海外で生活していた時に、日本のことを質問されても答えられないことが多かったので、日本を見て回ろうと思いましたが、すぐに飽きて就職活動をしました。帰国したのが8月~9月くらいで、9月の間に就職活動を始めようとしますが、終わっていました。そこで代表電話に「エントリーが終了していますが、帰国したばかりでぜひ面接などをしたい」と電話をして、面接をさせていただきました。その中にアビームコンサルティングもあり、諦めずに聞いてよかったと思いますが、当時は「社会人って何だろう?」と全然わかりませんでした。その中で叔父に相談をする機会があり「君の考えているテクノロジーは良いと思うから、テクノロジーを活用したものがいいんじゃないか」と言われました。キャリアのキャの字もなく、起業するイメージもありませんでしたが、リーダーシップを発揮できる立場になりたいと思っていました。私は人前に出ると緊張しいでした。海外でも発表のときには、カンペを持っていても手が震えて読むことができず、真っ白のまま数秒ボーっとして皆に笑われて恥ずかしい思いをした経験もあります。自分のリーダーのイメージは、人前でカッコよく講義やプレゼンテーションをするものです。自分はできないと思っており、色々な経験をしながら自分が成長できる場を考えて、最終的にコンサルティングファームが良いと思いました。私が内定をもらった時、アビームコンサルティングは外資でしたが、会計の事件が起きてしまい、入社するタイミングで日本のコンサルティングファームとして独立しました。せっかく外資に入ったのにと思いましたが、社会人として成長することを目標に置いていました。プロジェクトマネジメントと言われているコンサルタントになると、プロジェクトごとに動くようになります。そのプロジェクトマネージャーの仕事をするまでは、しっかり学ぶことを決めて入社をしていました。何歳までに、という目標設定はしていなかったので、結局10年弱ぐらいずっと、プロジェクトマネージャーになるまで在籍して学ばせていただきました。
新谷哲:就職の話に戻りますが、代表電話に電話するのは、日本人ではレアな存在だと思いますので、やっぱり根性もあるのですね。
天沼聰:根性はあると思います。何かやると決めた時はやり切りたいと思いますし、やりきる道が見えたら自分が歯を食いしばってやればいいと思うので、気合も入っていると思います。就職活動では、内定をいただくことを決めたので、そのための手段の1つが代表電話に電話をすることなのでやりました。
新谷哲:経営者らしいエピソードですね。アビームコンサルティングでの思い出はございますか?
天沼聰:色々なことを学ばせていただきましたし、本当にたくさんあります。今も意識していますが「1ノ365乗」の話を先輩から教わりました。今日の自分が「1」で、気付きを得て1%を成長したら「1.01」になります。これを毎日続けたら、1年後には約37倍になります。逆に1%さぼったら、1年後には「0.037」になる。どちらが良いかと言われたら、絶対に37倍が良いですが、どちらになるかは自分の意識しだいです。毎日の積み重ねですが、ネガティブな思考になるときがあります。その都度、サボって明日0.99になるのかと自分に問いかけます。今も意識しているのは、この時に気付かせてもらったからだと思います。
新谷哲:その先輩のお話は大変素晴らしいです。その後、楽天株式会社に転職されますが、どのようなきっかけがございましたか?
天沼聰:アビームコンサルティングの後半には、起業も1つの選択肢だと考え始めました。ただ、自分が今まで得てきたスキルを振り返ると、起業をするには足りないものがありました。いくつものプロジェクトマネジメントを並行してやっていましたが、プロジェクトマネジメントは予算や使える人員、成果物も期間も決まっており、起業は組織作りで全く違います。スタートは決まるにしても、終わりを決めてから会社を設立するわけではなく、これまで意識したことがなく「組織作りはどのように考えたらいいのだろう?」という状態だったことが1つ。もう1つは、リーダーシップにも疑問が出ました。アビームコンサルティングでは、アナリストからコンサルタント、シニアコンサルト、マネージャー、シニアマネージャーという流れであります。ゲームに例えると、皆は魔法使いで、私は上級魔法使い。皆は魔法が使えて、私はもっとすごい魔法が使える。皆は上級魔法使いになりたいと思っているのでついてきてくれます。これが当たり前だと思っていましたが、組織となると皆が同じキャリアを歩むわけではありません。例えば、肉体派の戦士になりたい人、魔法使いじゃなくて僧侶になりたい人、というように、色々な職業やキャリアになりたい人が集まります。その人達は、私が上級魔法使いだからではついてきません。また、グローバルな視点になったとき、ゼロから創業をして最終的に多角経営に持っていって世界でも戦える企業に育てている起業家は誰だろう、と思いました。ゼロからの起業はある種、0―1をやっていますが、1―10や、10以上のところでフェーズが大きく変わると思います。創業から事業家に転身するには、職業が変わるくらいの意識改革をして成長していると思います。自分が成長するためにも、そのような経営者の経営を見てみたいと思った時に、楽天さんの三木谷さんがイメージに一番近いと感じました。就職活動というよりは、私はよく飲みに行きます。飲み会の場に、社会の人材エージェントを立ち上げたばかりの方がいて、その方に経験を得たいと話をしました。するとある日、その方から「楽天がゼロからチームを立ち上げて、三木谷さんに直接報告するようなチームマネージャーを探している。非公式な求人だがどうですか」と連絡をいただき、入社をさせていただきました。
新谷哲:楽天時代の思い出はございますか?
天沼聰:3年ほど在籍させていただき、海外に行く部署の立ち上げなど色々と学ばせていただきましたが、印象的なのは「朝礼」という文化です。毎週1回の全社会議で、当時でもう数千人の社員がいました。アビームコンサルティングも数千人の社員がいますが、社長の声を直接受け取れる機会は年1回~2回のイベントしかありません。楽天さんでは毎週必ず三木谷さんがリアルタイムにメッセージを発信していたのが、衝撃でした。組織の中の行動方針が必要で、ビジョンや行動の原理原則、要は文化が必要だと学ばせていただき、今の組織作りにも活かせているぐらいの学びでした。
新谷哲:その後、独立をされますが、株式会社エアークローゼットを創業されたきっかけはございますか?
天沼聰:組織作りのイメージができたら、起業したいと考えていました。楽天さんに3年ほど在籍し、立ち上げたチームが一定の成果を出せるようになった頃、アビームコンサルティング時代の後輩2人と、忘年会兼近況報告会をすることになります。そこで「そろそろ起業しようと思っている。もしよかったら一緒に起業してほしい」と話したら、彼らはその場で「やりましょう」と言ってくれました。このタイミングでなんのビジネスをやるかは考えていませんでした。
新谷哲:では、ビジネスモデルはお三方で決めたのですか?
天沼聰:そうです。最初は「仕事の時間は人生で一番時間を使う。仕事の時間がご機嫌なら人生の大半はご機嫌になる。ならば、自分の大好きな仲間と一緒にできたら幸せではないか?」と考えていました。1人で起業することは普通にありえますが、私は寂しがりやなので、1人で起業したら挫折してしまうと思います。また、誰かとやるなら2人でなく3人でやろうとは決めていました。2人だとお互いに向き合って意見を言うので、真剣に仕事をしたらケンカになってしまいます。でも、もう1人いると止めに入ったりとバランスが良くなると思い、3人でスタートをしました。ビジネスモデルは決めてから「何をやろうか?」と3人で話し合いました。
新谷哲:起業するにあたり、怖さなどは感じましたか?
天沼聰:怖さとかは、正直あまり無かったです。起業で失敗をすれば自己破産をする可能性はあります。数年続いた会社が倒産すれば、数年間を失うかもしれません。しかし、非常にラッキーだと思いますが、日本という国に生まれたので、何かの職はありますし、働かせてもらえないことはないと思っていたのと、仲間がいたので怖さはあまりなかったと思います。1人だったら心配性なので怖くて起業できないと思います。
新谷哲:上場は当初より狙っていたのでしょうか?
天沼聰:そうですね。最終的には必ず資金調達が必要なビジネスモデルを選んだので、M&AかIPOのどちらかをすると決めて、基本的にはIPOの方向性というのを3人で話して決めました。
新谷哲:上場に向けてのご苦労はございましたか?
天沼聰:大変だったこと、ピンチだったことはたくさんありますが、捉え方次第かなと感じます。グロース市場に上場をさせていただきましたが、ある種ステップみたいなところで達成したという意識はあまりなく、そこに対して苦労という感覚ではないかもしれません。答えが的確ではないかもしれませんが、人は同じ出来事でも、捉え方によって受け止め方が違うと思うので、あまり苦労したという感覚はないです。
新谷哲:続きまして、株式会社エアークローゼット様の事業内容についてお教えください。
天沼聰:エアークローゼットのメイン事業は、普段着に特化した月額会員制ファッションのレンタルサービスです。特徴はお客様が選ぶのではなく、私たちのスタイリストがお洋服を選定し、コーディネートを組ませていただいた上でお貸出しをする点です。

新谷哲:ここからは全く違う質問をいたします。事前に好きなもの、好きな事をお聞きして「仲間と一緒にできること全般」とお答えいただきました。インタビューの間もよく出てきましたが、本当に仲間好きでいらっしゃるのですね。
天沼聰:仲間とだったら頑張れるというのが大事で、独りでいるのが弱い性格なのかもしれません。人によって価値観も捉え方も全く違うので、自分がどのような捉え方をするのか、自分が大切なものを知れるかは大事だと思います。
新谷哲:座右の銘もお聞きして「完全燃焼」とお答えいただきました。なぜこちらを選ばれたのでしょうか?
天沼聰:会社のビジョンを作った時にも通じるのですが、組織と群衆は違います。組織の定義はビジョンや目的があって、所属している人たち全員に大切な役割があることだと考えます。我々は会社を作るときに、ビジネスモデルよりも前にビジョンを作りました。この会社が何のために存在するかを、何を目的に会社を作ったかを考えた時に、我々が行きついたのは「何かがパッと流行って無くなるような会社ではなく、人のライフスタイルを豊かにする会社」を作りたいと思いました。ただ、ライフスタイルを豊かにするためには、を考えた時にあまり答えがありません。最終的に気付いたのが、時間の価値です。同じ1分でも1時間でも、面倒くさいとか億劫だと思っている時間と、ワクワクしている時間だったら後者の価値の方が高いです。人生って時間は限られているので、時間の価値を高めていけば人のライフスタイル、人の人生を豊かにできるのではと考え、株式会社エアークローゼットのビジョンを「“ワクワク”が空気のようにあたりまえになる世界へ」にしました。座右の銘にしている「完全燃焼」は、稲盛和夫さんが「瞬間瞬間を完全燃焼すること、その点の連続が未来に繋がる」とおっしゃっており、これはこの瞬間が一番大事という考えです。過去はもう経験として過ぎ去り、未来はまだ来ていない。マインドフルネスの考え方でもそうですが、自分の思いや熱量をその時間に込められるかが、自分の納得感や時間の満足度に変わります。過去を振り返えると成功や失敗など色々ありますが、自分が精一杯やっている本気の時間で完全燃焼した思い出は全部綺麗です。なので、その時間に自分がどれだけ完全燃焼するかが、人生の価値を決めていると思っているので、座右の銘を「完全燃焼」にしています。
新谷哲:次が最後のご質問です。全国の経営者、これから起業する方に向け、経営者として成功する秘訣をお教えください。
天沼聰:正直、まだ成功したと思っていませんが、諦めない心だと思います。海外ではGRIT(グリット)とも呼ばれます。成功の定義は色々ありますが、人生をしっかり完遂して行く意味での成功を考えると、自分がなりたい自分を思い描いて、とにかく進み続けること。最終的に自分が諦めさえしなければ必ず成功すると思います。成功や失敗って分かれ道ではなくて、成功に向けて失敗がたくさんある一本道です。自分が決めている成功の状態に向けて色々失敗をしていいのです。失敗をしたとしても、成功の状態を思い描き諦めずみ歩き続けるグリッドを持ち続ければ、必ず自分が満足できる結果に至ると思っています。
新谷哲:天沼聰社長様、本日はありがとうございました。
天沼聰:ありがとうございました。
編集後記
今回は、株式会社エアークローゼットの天沼聰社長でした。チャレンジ精神旺盛で、最後に「グリット」という言葉が出てくる、諦めない精神を持つ素晴らしい経営者です。ご本人は緊張しいだとおっしゃっていましたが、そういう感じは全くなく、上場企業の経営者は違うと感じました。アビームコンサルティングで学ばれたという、毎日1%の成長で、365乗したら37倍、そうでないなら、0.037になるというお話しでは、なるほどと思わされました。私もマネをして、常に1%成長していきたいと思った次第です。ぜひ、皆様も天沼聰社長のマネをして、成功経営者になっていただければと思っております。
天沼聰氏
株式会社エアークローゼット 代表取締役社長 兼 CEO
1979年生まれ、千葉県出身。高校時代をアイルランドで過ごし、英ロンドン大学コンピューター情報システム学科卒。2003年アビームコンサルティングに入社し、IT・戦略系のコンサルタントとして約9年間従事。2011年に楽天株式会社に転職し、UI/UXに特化したWebのグローバルマネージャーを務めた後、「“ワクワク”が空気のようにあたりまえになる世界へ」をビジョンに、2014年7月に株式会社エアークローゼットを設立。日本で初めての普段着に特化した月額制ファッションレンタルサービス『airCloset』を立ち上げ、日本サービス大賞「内閣総理大臣賞」を受賞。2022年にグロース市場上場。一般社団法人シェアリングエコノミー協会 理事を務める。
※本インタビューへの出演をご希望の方はこちらよりご応募ください。
本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、天沼聰氏(株式会社エアークローゼット 代表取締役社長 兼 CEO)の経営者インタビューを取り上げました。
『社長の孤独力』抜粋版(PDF29ページ)
無料プレゼント中!
『社長の孤独力』(新谷哲/著) の【抜粋版】を無料プレゼントしております!
71の課題の中から「資金・人材・売上・採用・後継者」の5つを抜粋いたしました。銀行からお金が借りれない、社員がすぐに辞めてしまう、売上を伸ばしたい、など、具体的なお悩みの解決策が掴めます。ぜひご覧ください。
無料プレゼントの詳細はこちら

