経営者インタビュー 木村裕紀氏(ブランディングテクノロジー株式会社 代表取締役社長)|経営ノート

経営者インタビュー 木村裕紀氏(ブランディングテクノロジー株式会社 代表取締役社長)|経営ノート

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、木村裕紀氏(ブランディングテクノロジー株式会社 代表取締役社長)です。20代で創業期のITベンチャー企業で新規事業の立ち上げを経験。そこで組織の創り方や営業戦略を学び、2005年に株式会社フリーセル(現・株式会社ブランディングテクノロジー)に入社。当時3億円の売上を3期で7倍の21億円に成長させる成果を出し、4年後の2009年に社長就任して経営者となりました。座右の銘では「一日一生」、成功の秘訣では「向上心を持つこと」と語ったように、日々成長し続ける木村裕紀氏への経営者インタビューを、ぜひ、お読みください。

(2019年12月配信)


新谷哲:今回の経営者インタビューは、2019年6月にマザーズ上場を果たしたブランディングテクノロジー株式会社の木村裕紀社長です。まずはご経歴をご紹介させていただきます。2005年株式会社フリーセル、現ブランディングテクノロジー株式会社に入社。2006年に取締役に就任。そして、2009年4月に代表取締役に就任され、2019年6月にマザーズ上場された経営者です。本日はよろしくお願い申し上げます。

木村裕紀:お願いいたします。

新谷哲:最初のご質問ですが、ご出身はどちらになりますか?

木村裕紀:神奈川県横浜市になります。

新谷哲:では、小学校・中学校は横浜の学校に通われたのですか?

木村裕紀:はい、そうですね。

新谷哲:どのような小学校・中学校時代をお過ごしになられましたか?

木村裕紀:小学校は野球に打ち込んでいましたので、野球少年という感じですね。毎日、近所の外で遊んでいたという、普通の活発な子どもですね。

新谷哲:運動神経はよろしかったのですか?

木村裕紀:ほどほどに、という感じです。

新谷哲:高校も神奈川の学校に通われたのですか?

木村裕紀:そうです。

新谷哲:高校時代の思い出はございますか?

木村裕紀:高校時代はよくバイトして、遊んでいました。レーサーになりたかったのでレースカートをやっていましたが、勉強はやっていなかったです。

新谷哲:カートはお金がかかると思うのですが、お金持ちでしたか?

木村裕紀:いえいえ、自分でバイトして、その範囲でやっていました。すごくハマって、2年打ち込みまして、レースにも出ました。

新谷哲:レーサーになりたい、というのはプロになりたいということでしょうか?

木村裕紀:そうですね。初めて「なりたい」と思った職業がレーサーでした。当時、アイルトン・セナとか、そういったF1のブームがあった時代だったので、憧れてレーサーになりたいと思いました。しかし、お金と才能の両方がないとプロになることが難しい世界と知り「ちょっと難しいな」と思い、プロになることは高校で諦めました。今でも趣味ではやっていますけどね。

新谷哲:そうですか。趣味でやっているということは、レースもやるのですか?

木村裕紀:そうですね。スポーツカーとかが好きなので。

新谷哲:なるほど。その後、國學院大學に進学されていますが、選ばれた理由はございますか?

木村裕紀:大学に行くつもりは全くありませんでした。レース業界で、と考えていましたが「レーサーになれないのに業界で働くのもちょっと違う」と思いやめました。しかし他にやりたいことが見つからなかったので、「一応。大学行くか」という感じで、半年ぐらい勉強します。やると決めたら結構集中できるタイプなので、勉強をする前は偏差値40とかだったのですが、科目を絞って半年ぐらい勉強したらいくつかの大学に受かりました。その中から、横浜に近くて良さそうな大学、という基準で選びました。

新谷哲:大学時代の思い出は何かございますか?

木村裕紀:大学のサークルのノリみたいな感じや、皆で和気あいあいという感じが馴染めるタイプではなかったので、「バイトとか仕事をして遊んじゃっていた」という形でした。そのため単位取れなくて、「もういいや」と、途中で大学を辞めています。

新谷哲:何年ぐらいで辞められたのですか?

木村裕紀:1年半ぐらいですね。

新谷哲:大学を辞めた後は、「ITベンチャーの新規事業の立ち上げを経験」という経歴を事前にいただいているのですが、大学を辞めてすぐに入られたのですか?

木村裕紀:いえ、大学を辞めた後、1年半ぐらいはフリーターをやっていました。ベンチャー企業は、21歳の時に入っています。

新谷哲:なぜ、就職をしようと決めたのですか?

木村裕紀:力をつけてしっかり稼げるようになりたい、と腹を決めたからですね。

新谷哲:なるほど。そちらの企業で経験されたことや、思い出などをお話しいただけますか?

木村裕紀:新規事業の立ち上げメンバーに回していただきました。最初4人でスタートした事業が、2年目には40~50人ぐらいになって、3年目ぐらいには自分が部長をやるという経験をしました。ゼロから始めた事業の年商が十何億になり、自分がトップになるという経験をさせてもらえたので、法人営業のやり方、組織の回し方、売上の作り方などを学ばせていただきました。あとは、同期入社をした中に、株式会社フリーセル(現・株式会社ブランディングテクノロジー)の創業者である武吉広大氏がいました。それぞれ独立をしていましたが、創業期に出資をして彼と一緒に事業をやるようになります。

新谷哲:では、武吉広大氏が株式会社フリーセルを創業して、木村裕紀社長は途中で加わったのですか?

木村裕紀:そうです。創業期に私も出資したという形です。それまでは独立をして個人で別の事業を経営していました。

新谷哲:では、そのITベンチャー企業の後、1度独立されていたのですね。どのような事業を経営していたのですか?

木村裕紀:営業代行のような事業を経営していました。

新谷哲:独立志向のようなものは、もともと持っていたのですか?

木村裕紀:そうです。父親や祖父や叔父は皆、自営業者でした。会社員という人は私の周りにはあまりいなかったため、高校の時から「自分で何か事業を経営したい」と何となく思っていました。親父の会社を継ごう、など具体的なものではありませんでしたが。

新谷哲:個人事業は、何年ぐらいされていたのですか?

木村裕紀:2年半ぐらいですかね。

新谷哲:個人事業を辞めて、株式会社フリーセルに入られたのは、やはり呼ばれたからですか?

木村裕紀:当時は、第二次ITバブルみたいな時代でした。新規事業の立ち上げに関わった前職のITベンチャーも、上場して高い株価がつくという形で評価されていました。自分達の後輩が「上場する」という体験をしているのを横目で見て、「皆で一緒に上場企業を作ろう」とやりだした感じです。

新谷哲:なるほど。その後、取締役になり、社長になり、そして上場企業になっていくのですね。この社長になるというのは、社長交代があったということだと思うのですが、なぜ社長交代が起こったのでしょうか?

木村裕紀:創業者である武吉広大氏は、新しいものをゼロイチで立ち上げてというのが好きで、マネジメントが上手いタイプではありませんでした。そこでジョインしてすぐ自分がCEOという形で、3年で売上7倍ぐらいとか、結構急拡大させます。最初から「会社が大きくなったら私が社長として経営をする」という役割がありました。武吉広大氏も、新しい会社で経営をしています。

新谷哲:では、社長交代の流れは入社前から決まっていたということですか?

木村裕紀:私が前職で、組織を大きくする経験をしていたことを、武吉広大氏も知っていましたから。

新谷哲:なるほど。少し前の話に戻りますが、株式会社ブランディングテクノロジーは、最初から上場を狙っていたと思ってよいのでしょうか?

木村裕紀:そうですね。ただ、2007年のライブドアショック、2008年のリーマンショック、2010年や2011年の日経平均が7000円に沈んでという時代も見ています。そういう時期はさすがに、上場を考えず経営をしていました。

新谷哲:なるほど。上場の苦労などはございましたか?

木村裕紀:まず2007年や2008年の頃です。その時は経常利益で2億円~3億円出ていて、社員は全員20代という勢いのある時代でした。利益も出ていて、市況もすごく良くて年間200社ぐらい上場していた時期だったの「上場いける」と思った時期だったのですが、管理体制があまりにもずさんでした。監査法人からもなかなか監査証明が下りず、外部環境もマーケットも変わってしまい、上場を逃してしまいます。その後も2013年に1回、創業者の武吉広大氏と一緒にやっていたグループ6社を、相互に資本整理して分けます。その影響で内部的な組織が乱れて苦労するような時期もありました。そこから内部を整え直して、2016年から挑戦をして、2019年に上場をしました。

新谷哲:では、内部統制が大変だったという感じですか?

木村裕紀:そうですね。事業でちゃんと業績を上げて、内部統制もしっかりした会社組織を作る必要があります。マーケットも良くても、会社が整っていないと上場は上手くいかないと感じています。

新谷哲:大変ご苦労されたのですね。もしよろしければ、ブランディングテクノロジー株式会社が、現在行っている事業をご説明いただけますか?

木村裕紀:日本にある企業の99%は中小企業になります。私は「ブランドファースト」という書籍を出しているのですが、その中で中小企業のブランドを「らしさ」だと定義しており、そのブランド・らしさを軸に中小企業様のデジタルシフトを担うというテーマで事業の経営をしております。中小企業様のブランドを形作るブランド事業と、それを広告やコンテンツマーケティングで発信していくデジタルマーケティング事業。それから沖縄とベトナムそれぞれに社員35人ぐらいの会社がございます。そちらのほうはオフショア関連事業ですので、これらの3つの事業の経営をしています。

新谷哲:お教えいただきありがとうございます。ここからは違う質問をいたします。事前に「好きなもの・好きなこと」をお答えいたしましたが、すごいですね。「経営、経営者人材育成、キックボクシング、レース、旅行」とお答えいただきましたが、「経営者人材育成」が好きなことに出てきてびっくりしました。社長を育てることが趣味なのですか?

木村裕紀:私や、何度か話をさせていただいた武吉広大氏もそうなのですが、20代の中盤に独立をして経営者をしてきました。大企業の舵取りは20代では難しいかもしれませんが、経験上、ベンチャー企業なら20代でも経営者として舵取りができると感じます。新卒で採用したメンバーの中には取締役クラスになって一緒に経営をする者もおり、そういう人達と一緒に経営することをすごく楽しいと感じています。また会社の創業期はメンバーが皆20代で、その頃に自分の部下だったメンバーの中には、独立して社長になり、取引先になってくれた者もいます。そのような形を「『共存共栄』の精神で世の中に新たな価値と笑顔を創出する」と言っています。長期的に共存共栄できるのは人間関係。それが経営者同士になって付き合っていけると、非常に良い感じの人間関係ができると思っています。

新谷哲:私も勉強したいぐらい、素晴らしいです。次に座右の銘もお聞きしており、2つお答えいただいています。「一日一生」「夢あるところに行動あり 行動は習慣を作り、習慣は人格を作る」ということですが、こちらの2つを選ばれた理由は何でしょうか?

木村裕紀:「一日一生」という部分に関しては「人生楽しく充実したものにしたい」という意味があります。その最小単位が1日の充実です。1日1日は、良いこと悪いこといろいろありますが、そこが充実していて、積み重ねていくことが、一生に繋がっていきます。経営者をやっていると「仕事人間」に思われることが多いですが、仕事も趣味の1つと捉えています。人生を充実するために、自分自身の人間性を磨いたり、成長するための1つの機会として、経営があると考えています。

新谷哲:なるほど。もう1つの「夢あるところに行動あり 行動は習慣を作り、習慣は人格を作る」は、なぜ選ばれたのでしょうか?

木村裕紀:これは長年経営をする中で、「夢やビジョンがあり、そこに向かっていく中で、人格など色々なものが仕上がっていく」と感じているからです。苦しい時でも、このように見ていけば何とか乗り越えていける、ということです。

新谷哲:お若いですが、さすがは上場企業の経営者という感じです。次が最後の質問になります。全国の経営者、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣をお教えください。

木村裕紀:まだ成功するための階段を昇っている途中だと思っていますが、やはり「向上心」です。今より1歩でも2歩でも必ず進化して良くなっていく、その向上心が原動力になります。向上心の中身は、20代の時は自分を中心に考えていました。しかしそれが、お客様だったり取引先だったり、仲間だったりとか社会だったり、上場企業になってからはステークホルダーであったりと、そうした人達に向けて向上心の発揮されている、広がっていると感じています。

新谷哲:向上心、大変良い言葉をありがとうございます。木村裕紀社長、本日はありがとうございました。

木村裕紀:ありがとうございました。

 

 


 
編集後記(聞き手・新谷 哲 談)

木村裕紀社長は、大変頭脳明晰ですね。苦労を苦労といとわないところも上場企業の経営者らしいと思います。今回、勉強になったのが「ゼロイチをやるタイプ」と、「一から九、十に上げていくタイプ」と経営者をタイプ分けしていた部分です。これからも伸びていく企業だと思いました。座右の銘である「一日一生」「夢あるところに行動あり 行動は習慣を作り、習慣は人格を作る」はまさにその通り、習慣は人格を作りますね。2つとも仏教の言葉に近い言葉だと感じましたので、やっぱり経営者とはそういうものだと私自身が大変勉強になりました。

 

[プロフィール]木村裕紀氏
ブランディングテクノロジー株式会社 代表取締役社長

20代で創業期のITベンチャー企業で新規事業の立ち上げを経験。そこで組織の創り方や営業戦略を学び、2005年に株式会社フリーセル(現・株式会社ブランディングテクノロジー)に入社。当時3億円の売上を3期で7倍の21億円に成長させる成果を出し、4年後の2009年に社長就任。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、木村裕紀氏(ブランディングテクノロジー株式会社 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

新谷 哲 著「社長の孤独力」特別抜粋版 無料プレゼント

CTA-IMAGE 経営ノートをご覧くださっている皆様に、日本経済新聞出版社から2019年6月に発刊された「社長の孤独力」(WizBiz社長・新谷哲著)の特別抜粋版(29ページ)を無料プレゼントしています。お申込みフォームに必要事項をご記入ください。