経営者インタビュー 山本正喜氏(Chatwork株式会社 代表取締役CEO兼CTO)|経営ノート

経営者インタビュー 山本正喜氏(Chatwork株式会社 代表取締役CEO兼CTO)|経営ノート

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、2019年9月に東証マザーズに上場を果たした、山本正喜氏(Chatwork株式会社 代表取締役CEO兼CTO)です。2019年9月に東証マザーズに上場したChatwork株式会社。山本社長曰く、起業当初、上場しないと宣言をし、経営をされていました。しかしながら、急激な企業成長にユーザーからのクレームが多発。このクレームに対応するためには資金調達をしないと円滑な運営ができなくなるとのお考えから、上場を目指す方針に転換されます。その後、倒産の危機を乗り越え、東証マザーズへ上場。どうやって乗り越えたか?等Chatwork株式会社の歴史と山本社長自身についてエピソードを語っていただいております。ぜひお読みください。

(2019年12月配信)


新谷哲:今回の経営者インタビューは、2019年9月にマザーズ上場を果たしたChatwork株式会社の山本正喜社長です。まずは経歴をご紹介します。電気通信大学情報工学科卒業。大学の在学中である2000年に、お兄様とともにEC studio(Chatwork株式会社)を創業。その後、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット、Chatworkの提供を開始。2018年6月に代表取締役CEO兼CTOにご就任され、そして2019年9月にマザーズ上場を果たされました。本日はよろしくお願い申し上げます。

山本正喜:よろしくお願いします。

新谷哲:最初のご質問をいたします。ご出身はどちらですか?

山本正喜:大阪です。

新谷哲:小学校・中学校は大阪の学校に通われたのですか?

山本正喜:そうですね、小中高は、地元大阪の学校に通いました。

新谷哲:小学校・中学校時代はどのように過ごされましたか?

山本正喜:あまり記憶にはないですが、小さい頃は大人しかった、と言われています。特にゲームが好きで、ファミコンがブームになった世代です。「できる限りゲームをしたい」と思っていましたが、親からは「1日1時間」と言われていたので、親の目を盗んで長くゲームを頑張っていました。また小学校3年生ぐらいに、親が会社で使っていたお古のパソコンを玩具にして、夢中になって使っていました。これが、コンピューターの世界に入る契機になったと思います。当時はWindowsがない時代だったので、ベーシックというプログラミング言語をいじり、分からないなりに本を読みながら玩具として遊んでいたという小学校時代です。これが初めてのプログラミングですね。

新谷哲:なるほど。当時だと、NECや富士通のパソコンを使っていたのですか?

山本正喜:シャープのパソコンを使っていました。

新谷哲:シャープですか。大阪らしい感じですね。

山本正喜:5inchフロッピーをガチャンと入れてベーシックが起動するという、今の世代の人は全く分からないようなパソコンでやっていました(笑)。

新谷哲:ベテランの経営者達には、懐かしいパソコンだと思います(笑)。では小学校3年生のときの行動が、現在のChatwork株式会社の原形になったのですね。

山本正喜:そうですね。あとゲームが好きすぎて、パソコンでプログラムをしているうちに、ゲームを作りたくなりました。当時、ゲームを作るゲームや、ゲームを作るパソコンソフトなどが登場し、プログラムができなくてもゲームが作れるようになりました。それで、自分で考えたゲームを一所懸命に作りました。自分で作ったゲームは、友達を家に呼んで遊ばせました。友達は夢中になって遊んで「面白かった」って言ってくれるのですが、ゲームをせずに後ろから見ていると「ゲームバランスが悪かった」などと思いました。悪かった部分のチューニングをし、後日友達が遊びに来たときに「悪いところを直した」という感じで遊んでもらいました。こうやってゲームクリエイターになって調整をして、友達を楽しませることがすごく面白くて「将来はゲームクリエイターになりたい」と思っていました。

新谷哲:なるほど。それは中学ぐらいですか?

山本正喜:多分、小学校高学年から中学校ぐらいの頃でした。

新谷哲:やはり上場企業の経営者は違いますね!

山本正喜:経営者というよりは、エンジニアやクリエイターになりたかったですね。最初にご紹介いただきましたが、経営者になったのは1年くらい前です。それまではずっとクリエイター、エンジニアという、ものづくりをやってきた新人のクリエイター社長です。

新谷哲:なるほど、承知しました。高校も大阪の学校に進まれたのですよね?

山本正喜:高校は大阪桐蔭という、野球が強いところに入りました。

新谷哲:高校時代はどのように過ごされましたか?

山本正喜:高校時代は、あんまり良い生徒ではなかったです。非常に勉強に厳しい学校でで、勉強漬けの毎日でしたが、ある日、ウルティマオンラインというオンラインRPG、何万人もの人がドラクエみたいなRPGでゲームをするというものにハマってしまってしまいました。いわゆるネトゲ廃人と言われているような人です。当時のインターネットは「1分いくら」という従量課金の時代でしたが、夜11時から朝7時ぐらいまで定額になるサービスに申し込んでもらいました。11時からインターネットに繋ぐと混んでいて繋がらないので、10時半ぐらいに繋いで、そこから朝7時ぐらいまでゲームをして学校に行きました。学校で寝て、家に帰って夜ご飯を食べて、ちょっと寝て、10時半に起きてゲームします。そういう日々を1年ぐらい続けました。高校2年生くらいの時で、全ての授業を寝ていたこともあり勉強も完全に遅れました。生活の最重要がゲームで、ゲームの方がリアリティーがあるという高校時代でした。

新谷哲:先生やご両親はお叱りにはならなかったのですか?

山本正喜:親にはすごく心配され、先生からはよく叱られました。学校でずっと寝ていたというのは親にはバレていなかったと思いますが、休みの日もずっとゲームをしていたので、心配はしていたと思います。

新谷哲:なるほど。その後、電気通信大学に進学されますが、これは完全な理系と思ってよろしいのでしょうか?

山本正喜:そうですね。

新谷哲:そちらを選ばれた理由はございますか?

山本正喜:プログラムを勉強したいと思ったからです。当時、ゲームを作りたいと思っていました。ゲームを作るツールでたくさんのゲームを作り、雑誌に載ったりもしたのですが、プログラム自体はできませんでした。そこで「ちゃんと勉強したい」と思って、情報通信というか、コンピューターサイエンスの学科を中心に探し、自分のレベルに合った学校を選びました。

新谷哲:大学の在学中にお兄様がEC studio(Chatwork株式会社)を創業されていますが、お兄様もゲーム好きなのですか?

山本正喜:いえ、私とは全く真逆です。兄は体育会系で友達も多く、彼女は切れずみたいな、そういうクラスの人気者みたいなタイプです。私はひたすらゲームをしているオタクで、家に引きこもりという完全に真逆の性格で、仲も悪かったです。どうして兄と一緒に仕事をことになったかというと、とあるCMがきっかけです。インターネットの走りというか黎明期である2000年頃、CMで「なんちゃら.com」という表示が出ました。兄は当時インターネットを知らず、「これは何だ?なんちゃら.comって何だ?」となります。その後「なんちゃら.com」を入れたらホームページが見られることに衝撃を受け、見様見真似でホームページを作ります。そうしたらアクセスがあり、「インターネットを使ってビジネスをしたい」と、インターネットで物を売ったり、情報提供をするビジネスを1人で始めましたよ。そのビジネスが上手くいって1人では手が回らなくなり「プログラム勉強しているんだろ?このビジネスを仕組み化することはできないか?」と私に声がかかり「できるかも」と言って、一緒にビジネスを始めました。

新谷哲:なるほど。最初のビジネスはいわゆるECサイトですか?

山本正喜:ECサイトではないです。創業時のビジネスは「検索エンジンにホームページを登録する」というものです。当時はGoogleなどがなかったので、ホームページを作ったら検索エンジンに登録する必要がありました。「Aという業界のホームページが集まった検索エンジン」「Bという業界のホームページが集まった検索エンジン」というものが200~300個くらいあり、ひたすら手作業で「ホームページ作りました」という情報を登録して、アクセスが集まってくるという世界です。兄もホームページを作った時は苦労をしていました。非常に手間がかかるため、3万円くらいで検索エンジンの登録を代行するビジネスがあり、弊社はこのビジネスから始めています。登録には手間がかかるので兄は「どうにかしよう」と考えて、日本より進んでいたアメリカのことを調べます。すると検索エンジンへの登録を自動で行うソフトウェアがあり、購入をしました。ソフトウェアに検索エンジンを登録すると、あとは情報を入力してボタンをポチっと押すと、登録した検索エンジンにホームページの情報を登録してくれました。兄は「こんな楽なソフトウェアがあることを日本人は知らない。他の業者が何万円も取っているなら、これでビジネスをしよう」と検索エンジン登録代行ビジネスを始めます。その時に「ワンクリックでできる仕事に何万も取ってなんておかしい」と、当時3万円ぐらいだったのを3000円にしました。価格が10分の1になるという、すごい価格破壊をしたので、申込が殺到して売上が上がっていきます。ビジネスが上手くいったので、「申し込みや解約の部分をシステム化してくれ」と私にプログラミングの依頼をしたことがきっかけで、一緒にビジネスをすることになります。

新谷哲:なるほど。検索エンジン登録代行ビジネスの後も、色々な事業を経営されたのですか?

山本正喜:そうですね。検索エンジン登録代行をした後は、SEOツールサービスの事業を経営しました。世の中にGoogleのようなロボット型検索エンジンが出て、自分で登録をしなくても検索エンジンが勝手にホームページを拾う仕組みができて、SEOという概念ができました。アメリカだと「検索エンジンがどのようにホームページを調べているのか?」を調べるツールが出てきており、兄から「おなじようなツールは作れないか?」と言われてSEOツールのサービスを自社開発します。それを日本にSEOという言葉がくる前にリリースをしました。当時はアクセスアップツールと言っていたんですが、遅れてSEOの波がきました。当時、有料のSEOツールサービスを提供しているのは自分達しかいなかったので、申し込みが殺到しました。当時の売上は知りませんが、学生ながらものすごく売り上げたと思います。当時、私は1円ももらっていませんでしたが(笑)。

新谷哲:今のお話を聞いていると、SEOツールでも上場できたのではないか、と思いました。

山本正喜:検索エンジン登録やSEOですごく成功したので、当時はすごく強かったです。しかしGoogleが賢くなり、SEOも徐々に難しくなったので、オンラインでのメールコンサルティングの事業を始めました。ホームページを見て、ホームページ診断士がフィードバックを送ります、という事業でこれも当たりました。当時は「ホームページを作ったけど、どうすればいいか分からない」という人が多かったので、プロの目からアドバイスくれると嬉しいという時代でした。検索エンジン登録代行、SEOツール、ホームページ診断のように少しずつ時代に合わせて事業を変化させていきましたが、「WEBサイトにアクセスを集める集客支援事業」が創業の1つ目の柱でした。

新谷哲:なるほど。ではChatworkを開発するまでの間に、何個ぐらい事業を作ったのですか?

山本正喜:多分、十数個は作ったと思います。

新谷哲:大学を卒業後は、継続してお兄様と一緒にビジネスをしたのですか?

山本正喜:1年だけ就職をしています。学生の時にビジネスは始めていましたが、法人化していませんでした。兄にも、父親の経営する音楽スタジオを継げ、という話がありました。兄は音楽スタジオで働き、アルバイトでレジ打ちをし、夜はインターネットの仕事をしており、このまま父親の音楽スタジオを継ぐという状況でした。私は学生だったので、普通に就職活動をしようと思っていました。就職活動をしていくつか内定をいただきました。最終的に選んだのは、兄と一緒にやっていたビジネスの取引先です。当時、JASDAQに上場していた会社で、私たちの作っていたSEOのツールを「OEMで提供してくれ。提供するプロジェクトは入社してやればいい」と言われました。それは、「その会社で働きながら、EC studioの仕事をしても良い、副業OK」という話です。兄に話したところ「こんな良い条件の会社ないから行け」と言われました。私としても、学生ながらその上場企業と取引をして、事業部長や役員の方と仲良くさせていただいており「この会社は面白そうだ」と思い入社します。

新谷哲:では、最初からダブルワークで就職をしたのですね。

山本正喜:そうですね。1年間だけですが、ダブルワークをしました。しかし1年経ってから「音楽スタジオを継がない」と兄が父親に話し、会社の法人化をしました。そして「会社作ったから入ってくれ」と言われました。でも私は「入社したからには3年ぐらいいよう」と思っていたので「嫌だ」と返します。しかし、5人くらいいた創業のメンバーから「帰ってきてほしい」という音声メッセージが送られてきて、「もう帰らざるを得ない」となりました。会社には「すみません。会社を作る話になったので、辞めさせてください」という話をして、1年で辞めました。

新谷哲:なるほど。その後、Chatworkを開発されますが、なぜChatworkを開発したのですか?

山本正喜:会社を法人化したのが2004年11月で、Chatworkをリリースしたのが2011年でした。7年ほど時間があるのでざっくりお話しをします。ホームページ、アクセス集客の事業を経営してきましたが「何か違う。私たちは何のために会社を経営しているのか?」と感じていました。そこで「何の事業をメインするか?」を幹部で話し合い「中小企業のIT化が私たちする領域だ」と定めます。その中で色々な事業展開していった中の1つがChatworkでした。私がChatworkを思いついたきっかけは、「自社で一番依存しているITツールって何か?」を考えて、その答えがチャットだったことです。当時はSkypeを使っていましが、その前はメッセンジャーを使っていました。弊社はずっとリモートワークをやってきた会社です。学生時代は、兄が留学先のロサンゼルス、私が東京。法人化してからも、兄が大阪で私が東京、という形でした。弊社はメールをしない企業なので、社内コミュニケーションはチャットです。お客様に弊社の話をすると「チャットで仕事ができるの?」という状態なので、これが特殊なことだと、中小企業のIT支援をする中で気付きました。ただ、Skypeなどの個人向けのメッセンジャーを法人で使うことは難しいことでした。「辞めた時どうするのか、グループどうやって作ればいいのか」など、たくさんの問題や不満がありました。また当時はインストール型のツールが全てだったので「パソコンやスマートフォンでも使える、クラウド型のビジネス向けのチャットツールを作ろう」と企画したのがChatworkです。

新谷哲:開発にはどれぐらい時間がかかったのですか?

山本正喜:企画を上げたのが2010年6月ぐらいでしたが、「そんなの作れるのか、そんなの理解されないだろう」と見事に却下されてしまい、事業化は無理でした。しかし自分的には作りたかったので、役員を一人ひとり呼び出して「絶対いける、やりたい」と説得をしました。すると「そんなに言うのなら、社内ツールとしてだったら開発していいよ。確かに、社内では便利に使えそう」となりました。その代わり「お前1人で開発しろ」と言われて、チームはもらえませんでした。だいたい3ヶ月である程度のシステムが出来たので、強引に社内のSkypeをChatworkに置き換えることをしました。社内でSkypeが浸透していたところ、当時はバグだらけで遅いChatworkに強引に入れ替えたので、皆からブーブー言われました。社員のそんな意見を聞きながら改良をしていき、だいたい半年ぐらいで「Skypeより良い」という状態にできました。

新谷哲:なるほど。その時点で、役員の皆様方から外に売るOKが出たのですか?

山本正喜:そうはなりませんでした。外に出す転機になったのは、Ustreamというオンライン配信番組です。今でいうYouTubeみたいなオンライン配信の番組で、自社の番組を持っていました。その番組でITノウハウの提供を毎週やっていたのですが、ネタがなくなったのです。ネタに困った当時の社長が「社内でこんなの作っているんです、見ます?」みたいな感じでChatworkのチラ見せをすると、すごい反響がありました。コメント欄で「欲しい。売ってください」みたいにウワーッと、ものすごく盛り上がります。それで「ニーズがある、いけるのではないか」となって、Chatworkを事業化することになりました。それが半年経ったぐらい時のタイミングで、私1人のチームから、デザイナー1人とエンジニア2人を追加した4人のチームになります。それから3ヶ月ぐらいかけて、申し込みの仕組みや、管理画面とかを作り、2011年3月1日にリリースしたのがChatworkのファーストバージョンです。

新谷哲:それ以降はもう、Chatworkの経営に事業がシフトしていくのですか?

山本正喜:そうですね。少しずつではありますが、移行していきました。Chatworkは反響があって広まっていったのですが、収益化には時間がかかりました。Chatworkはフリーミアムというビジネスモデルを取っています。これは、まず無料のプランを使っていただき、一定のタイミングでしきい値がきます。しきい値以上を使用する場合は有料になる、というビジネスモデルです。Chatworkは無料で広がっていきましたが、一定の制限を超えるまでは有料にならないので、「人気は出たけどビジネスとして成り立つか分からない」という状態でした。開発費もあれば、サーバーコストもあるので、見極めが難しかったですが、1年ぐらい経って有料化がポツポツと出るようになりました。あとは「こういうのが欲しかった、働き方が変わった」という、喜びの声がすごかったです。今までの事業とは反応が全く違いました。弊社は「中小企業のIT化」をメインにしていたので、Chatworkはど真ん中でした。導入することでIT化が進むこともあり「Chatworkを主力にしていっても良いのではないか」と少しずつシフトをしていきました。当時はEC studioという社名で、そこそこの知名度もありました。しかし外のイベントや交流会とかに出ると「Chatworkさん」と言われることが増えてきて、プロダクトであるChatworkの方が有名になりました。EC studioという名前とChatworkという両方のブランディングにコストをかけるのはもったいないし、Chatworkを主力にしていこうと決めたので、社名をChatwork株式会社に変えました。ただユーザー数は数万といましたが、Chatwork事業単体で見ると赤字した。今までやってきた事業の収益で、会社全体としては何とか黒字という状態です。

新谷哲:Chatwork株式会社に社名を変更した頃から、上場は目指されていたのですか?

山本正喜:全く目指していないです。むしろやらないと言っていました。ずっと「無借金、自己資本100%、銀行からも借りない、資本も入れない、上場もしない」と、対外的に宣言していました。当時は他の事業で上がった収益を、赤字だったChatworkに投下して育てていました。

新谷哲:では、いつから上場を目指されたのか、なぜ上場を目指す方向に変わったのかをお教えいただけますか?

山本正喜:2014年ぐらいに、転機となる2つのことが起こりました。1つは、システムの限界がきたことです。Chatworkサービスに人気が出過ぎていて、システムがすごい勢いで悲鳴を上げました。Chatworkのシステムは、サーバー台数を増やせば拡張できる、という単純なものではありません。システムを拡張するには非常に高度な技術が必要で、自分達では全く対応できず、サービス障害が多くなってしまいます。Chatworkは落ちると仕事になりません。会話禁止みたいな状態になってしまうのですが、毎月1時間ぐらい落ちる状況になっていました。社内でも、何とかするために一所懸命に対策をするのですが、扱ったことのない規模のサービスになったので、分からないことだらけでした。解決するには優秀なエンジニアを採用したり、コンサルティングを付ける必要があったのですが、そんなお金はなく、サービスの維持が困難になったことが1つ目の理由です。もう1つは、競合環境、市場が大きく変わったことです。Chatworkがリリースした2011年頃は、ビジネスチャットと言われても、誰も何の反応もしなかったのです。当時はSNSが全盛期で、社内Facebookのようなサービスがもてはやされていました。ビジネスチャットと言っても「今さらチャット?」という感じでメディア受けもせず、競合ゼロの状況でした。転機になったのがLINEです。LINEが登場したのは私たちがChatworkをリリースした3ヶ月後ぐらいですね。ご存知の通りLINEはすごい勢いで流行っていき、チャットブームみたいなことが起こります。そこで「仕事でもLINEのようにカジュアルにポンポンと効率良くコミュニケーションできないか?」という流れができます。しかし「LINEを仕事で使うにはセキュリティ的に怖い、プライベートと仕事を混ぜたくない」ということで、ビジネス向けのチャットを探すと、「もうChatworkあるじゃないか」と注目が集まりました。注目が集まるところは、市場に競合が増えます。当初は競合がいなかったのに、すごい勢いで競合が増えていきました。当時のシリコンバレーでは毎週のように競合が生まれて、日本でも有名な企業がビジネスチャットに参入すると宣言するなど、どんどんライバルが増えてきます。弊社はパイオニアとして先行していたので勝っていましたが、「大企業が資本を投入した時に追い抜かれてしまうのではないか?」と考えていました。Chatworkを選んでいただいたユーザーさんには「良いツールを選んだ」と思っていただきたいので、「自己資本だけにこだわっている場合じゃない」となりました。当時の日本ではスタートアップブームがきていた頃です。今は何十億円の調達が当たり前に聞こえますが、当時は1億円~2億円調達しただけで大騒ぎという時代でした。調達をしている知り合いが増えてきていたので、「自分たちもやってみよう」と恐る恐る、社内には内緒でベンチャーキャピタルを調達しました。「上場しない」と言っていたので、「ベンチャーキャピタルから出資が受けられなかったときは、なかったことにしよう」と思ってのことです(笑)。しかしベンチャーキャピタルからすると、弊社はすごく良い案件なのです。「会社組織あり、プロダクトあり、ユーザーもあり、売上もちょっと出ている」という状態での初めての資金調達だったので、色々なベンチャーキャピタルから、出資したいという話をいただきました。最終的には、相性が良さそうで、条件も一番良い「GMOベンチャーパートナーズ」から3億円入れていただきます。しかし、ベンチャーキャピタルが入るということは、EXITを目指すということです。当然、上場を目指すことになります。ただ、ベンチャーキャピタルのために上場するだけでなく、社会のインフラになるために上場しよう、と思いました。ビジネスチャットはインフラビジネスです。利用する企業からは、貴重な社内コミュニケーションデータを預けるに足る企業なのかを見られます。上場することはその部分に適うのではないか、と判断しました。2015年3月ぐらいのことですね。

新谷哲:では、ちょうど4年ぐらい前ですね?

山本正喜:そうですね、はい。

新谷哲:上場するまでの苦労はございましたか?

山本正喜:苦労だらけでしたね、本当に。2004年に法人化して、2015年に資金調達するまでの11年~12年ぐらいは、ずっと黒字経営をしてきました。そこから3億円を資金調達すると「調達した3億円を使え、使って成長しろ」と言われるのです。つまり、赤字にしなければなりません。まずは、お金を使う人を採用するための採用活動をします。頑張って採用した人達がどんどんお金を使い、すごい勢いで赤字になるのですが、現実感ありませんでした。「3億円もあるし大丈夫か。急成長しなければいけないし頑張ろう」と思っていたのですが、半年ぐらいで3億円があっという間になくなります。「これだけ赤字だけど大丈夫か?」と帳簿を見ると3ヶ月後に倒産することが分かりました。資金調達には3ヶ月くらいかかるので、「今すぐに資金調達しないと駄目だ!」と慌てて「シリーズB」で資金調達しました。これまでずっと黒字経営で、倒産の危機は一切経験したことがなかったので、胃が痛い思いをして駆けずり回りました。ギリギリで資金調達することができました。この時は苦しまないようにしようと、15億円弱を調達しました。この時に「大きなお金を使って投資をして、会社を成長させるには、これまでと違う経営管理能力、予算管理能力がいる」ことが分かりました。なまじ12年間黒字経営をしてきたので、調子に乗っていたという部分もあるのかもしれません。資金以外では、組織運営に苦しみました。Chatwork は12年間地道に作り上げてきたファミリーのような会社で、社員は十何年選手みたいな感じでした。そこに「上場してキャピタルゲインを貰おう」という割とギラギラした人達や、キラキラなキャリアを持つすごく優秀な人達がバンバン入り、カルチャーギャップが生まれます。これまでの社員と新しい社員の間に溝のようなものができたり、新しい人が上手く定着しないなどの問題が起こり組織崩壊、ということが何回もありました。他にも色々な痛みはありましたね。

新谷哲:それらの問題を上手く乗り越えて上場できた理由を、山本正喜社長はどのように考えておりますか?

山本正喜:銀の弾丸というか、「これをやったら上手くいった」という万能薬みたいな方法はありません。本当に地道に、1個ずつ問題を潰していきました。色々と振り返って思うことは、「経営陣がコミットしないといけない」ということです。弊社は、一緒に会社やろうよと友達を誘ってきたみたいな感じの会社だったので、「優秀な人達が入ったなら勝手に成長するのではないか」ぐらいに考えていました。しかし現実にはそのようなことはありません。ベクトルが揃っていないのでバラバラになり喧嘩をする、という感じになりました。解決するには、経営陣がそういう人達の話を聞いて、「弊社はこうする」とコミットすることを決めます。コミットしたものに対して、合う合わないをジャッジしながら、会社のOSを地道にバージョンアップしなければいけません。ものすごく泥臭い世界をひたすらやり続け、失敗を繰り返さないようにと積み重ねてきたことが、秘訣だと思います。

新谷哲:大変勉強になるお話でございます。ここからは違う質問をいたします。事前に「好きなもの・好きなこと」をお聞きして「デジタル・IT・テクノロジー全般・ゲーム・漫画・小説・温泉・旅行・サウナ」とお答えいただきました。これがまた私はびっくりしたのですが、本当に「IT、デジタル、ゲーム」という系がお好きなのですね。

山本正喜:そうですね。すごいデジタル人間なので。

新谷哲:現在もゲームをやるのですか?

山本正喜:そうですね、ゲームは結構やったりします。

新谷哲:最近やっているのは、どのようなゲームですか?

山本正喜:私は、プレイステーションとか任天堂Switchなどの据え置きゲームよりも、PCゲームが好きです。海外のゲームをするのが好きなので。日本だと名前が知らないようなゲームをよくやっています。

新谷哲:さすがだ、という感じですね。

山本正喜:ちょっとコアですね(笑)。

新谷哲:素晴らしいです(笑)。次に座右の銘もお聞きしていまして、「ものづくりはひとづくり」とお答えいただきました。デジタル系の山本正喜社長からすると、ちょっとびっくりする座右の銘です。ギャップがなかなか面白いのですが、なぜこちらを選ばれたのですか?

山本正喜:私は、エンジニアでクリエイターで、ものづくりしか興味がありませんでした。マネジメントも興味がなく、「やりたくない、ずっとコードを書いていたい、ものづくりをしたい」という人間でした。しかし、なまじ会社を作って取締役とかになったので、「マネジメントせざるを得ない」という葛藤がありました。しかし私の中で、あるブレイクスルーが起こります。プログラムの話になりますが、システムの規模が大きくなってくると、プログラムがカオスになっていきます。そこでプログラムを一定の単位、オブジェクトやモジュールという概念でまとめます。それを組み合わせて、大きなシステムを作るのですが、「プログラムの考え方とマネジメントってすごく似ている」と気付いたのです。それに気づくと、「人がどういう機能をそれぞれが持っていて、それがどう作用してアウトプットを出すか」という、プログラム言語でいうオブジェクトみたいに見えてきて「これプログラミングと一緒だ」気付きます。その後は、「マネジメントは日本語などの一般自然言語を使い、コミュニケーションをしながら組織を作っていくプログラミング言語なんだ。これは自分の領域だ」と思います。そこからマネジメントに興味を持てるようになったんです。興味を持ってからは、マネジメントの本とかを片っ端から買って、ひたすら勉強をしました。良いものを作るためには1人では限界があります。良いチーム、良い組織を作らなければならないので、組織作りのほうにも興味を持ちました。最終的には「良いチーム、良い組織を作るためには、良い業績が必要だ」となります。やっぱりお金がなかったりすると、人にも投資ができません。私は基本的にものづくりの人間です。良いものをつくるために、人や組織を作っています。良い人や組織を作るために良い業績を作る、ということから事業サイドにも手を出して、最終的には経営者になりました。しかし経営者になったといえど、私は自分のやっていることは「ものづくりだ」と思っています。それを端的に表す言葉として「ものづくりはひとづくり」を座右の銘にしています。

新谷哲:なるほど。次が最後の質問です。全国の経営者、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣をお教え下さい。

山本正喜:成功の秘訣ですが、私が経営者になって最初にやったことは、経営ミッションをアップデートすることです。それが「働くを、もっと楽しく、創造的に」です。その原点となる思いは、インターネットに感動して、学生ながらビジネスを始めて、仕事が本当に楽しいと思ったことです。今でも仕事が楽しいと思うことは変わりませんが、「仕事が楽しい」と思って働いている人はマイナーです。お金のために働いていたり、学校の延長で働いているような人達の方が多いのですが、それはすごくもったいないと思います。私のミッションは、そこを変えたいという思いです。「自分が人生を通してやりたいことが会社にリンクし合うために、Chatworkというプロダクトがある」という点が繋がりました。自分のミッションと会社のミッションリンクしている限りは心が折れません。会社経営をしていると、色々な辛いこと、悲しいことがありますが、潰れる時はキャッシュがなくなる時ではなく、経営者の心が折れる時です。自分は何のために会社を経営しているのか、何のために経営者をしているのか、という部分をしっかりリンクさせながら、泥臭くやる。これが経営者として成功する秘訣だと思います。

新谷哲:山本正喜社長、本日はどうもありがとうございました。

山本正喜:ありがとうございました。

 

 


 
編集後記(聞き手・新谷 哲 談)

山本正喜社長は非常に頭脳明晰で、本当にびっくりする程論理的でした。さすがはプログラミングができる経営者だと思います。そのような方が、「マネジメント、人づくりが大切だ」と感じられたというのは強いです。そのような方々には、私はなかなか勝てない、私もプログラミングぐらいできないと駄目だ、と反省をいたしました。皆様もぜひ、山本正喜社長のマネをして成功経営者になってください。

 

[プロフィール]
山本正喜氏
Chatwork株式会社 代表取締役

電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄と共に、EC studio(現Chatwork株式会社)を2000年に創業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供開始。2018年6月、当社の代表取締役CEO兼CTOに就任。2019年9月、東証マザーズへの上場を果たす。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、山本正喜氏(Chatwork株式会社 代表取締役CEO兼CTO)の経営者インタビューを取り上げました。

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