人生を存分に味わう吉川英治の至言

教養とは何かと問われたときに、ある人がこう答えていた。「どの世代にとっても脈々と流れている共通の話題。それが教養の第一歩だ」と。じつはそのとき例として語られていたのが、不朽の名作『宮本武蔵』である。

「苦難のないことが幸福なのではない」

いまではコミックで世に知られる宮本武蔵であるが、戦前に新聞紙上に連載され、単行本と発刊されてからもいく世代にも支持され、共通の話題として語られてきた。少なくとも40~50代以上の読者の皆さんなら、一度は読了したことがあるに違いない。その作者が、『三国志』や『私本太平記』など、多くの名作を発表しつづけた吉川英治である。

さまざまな職業を転々としながら、ついには一流作家の名をほしいままにした吉川英治の逸話は多い。たとえば彼は、ある裕福な青年にこう語ったことがあるという。

「君は不幸だ。早くから、おいしいものを食べすぎ、美しいものを見すぎているということは、こんな不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れていくということは、青年として気の毒なことだ」と。

長き人生を考えたとき、その土台を築く大切な時期に、なにもかも恵まれ、ちやほやされて、何ひとつ不自由がない。苦労がない。そういう人生は、じつはひとつも幸福ではない。いちばんの不幸といってもいいのではないだろうかというのである。

先人たちの言でよくいわれるのは、“苦難がないことが幸福なのではない”ということ。苦難に負けず、たとえ倒れても、断じて立ち上がり、乗り越え、勝ち越えていくところに、人生の真の幸福があり、喜びがある。困難を避けて、人生はない。

これはまさにビジネスのうえでも同じではないだろうか。さまざまな営業上の試練に直面しようとも、「さあ頑張ろう!」「成長するチャンスだ!」と勇んで立ち向かっていく、この「挑戦する魂」をもった人間こそが最後は勝つのだ。

「朝が来ない夜はない」

吉川英治の名作『私本太平記』は、足利尊氏の青年期からその死までを軸として、南北朝時代の戦乱の社会が描き出されている。その最後に、「朝の来ない夜はない」との名言が記されている。どんなに苦労しようとも、いつまでも夜でありつづけることはない。

そして日本人の教養の第一歩ともなった、『宮本武蔵』には武蔵とその弟子伊織の会話として次のようなシーンがでてくる。それは二人が連れ立って、富士山の麓を歩いているときのことだ。伊織が、大きくなったら(将軍家の剣の師匠である)柳生家のようになりたいと語る。そこで武蔵はいう。

「そんな小さな望みをもつんじゃない。あれになろう、これになろうと焦るより、(あそこに見える)富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。世間に媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値打ちは世の人が決めてくれる」

もはや人生100年の時代だ。決してあせることなく、自らの地歩を築き上げていきたい。

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