成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 古俣大介氏(ピクスタ株式会社 代表取締役社長)

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、古俣大介氏(ピクスタ株式会社 代表取締役社長)です。

今回は、デジタル素材のオンラインマーケットプレイス「PIXTA」を運営する、ピクスタ株式会社 代表取締役社長の古俣大介氏にお越しいただきました。大学1年生の時、「広い世界に挑戦したい」というエネルギーが沸き上がったことをきっかけに、起業を真剣に目指すようになったという古俣大介社長。「才能をつなぎ、世界をポジティブにする」という企業理念のもと、2015年に上場を果たされました。さまざまな経緯をたどり、現在のような多くのクリエーターに価値を提供するプラットフォームを拡大されるまでにどのような物語あったのか、ぜひ経営者インタビューをお聞きください!

新谷哲:経営者インタビューは、古俣大介社長です。経歴をご紹介させていただきます。多摩大学在学中に珈琲豆のEC販売、女性向け古着販売を開始。その後、大学4年次に株式会社ガイアックスにインターンとして入社。その後、正社員として入社して2つの新規事業を立ち上げます。2005年には株式会社オンボード(現在のピクスタ株式会社)を設立し、経営者となります。2015年の9月にはマザーズ上場した、上場企業の経営者です。本日はよろしくお願いいたします。

古俣大介:よろしくお願いします。

新谷哲:最初のご質問ですが、ご出身は埼玉の八潮ということで、小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになりましたか?

古俣大介:私の両親が会社を経営していました。2人とも小売業で、別々の会社で経営者をしていました。私には兄弟が3人いますが、よく休日とか平日の夜は手伝いに駆り出されました。商品を運んだりしながら、経営者の背中を見て育ったことで、大きな影響を受けました。小学校・中学校は普通に地元の公立のところに行って、部活とかも普通にやりながらそういう親の手伝いをする、という小学校・中学校時代です。

新谷哲:お父様もお母様も経営者なのですね?

古俣大介:そうですね、はい。

新谷哲:お2人とも経営者と言うのは、珍しいご家庭ですね。

古俣大介:ちょっと珍しいかもしれません。

新谷哲:高校も埼玉ですか?

古俣大介:高校は東京の私立で、駒込高校に行きました。

新谷哲:高校時代はどんな思い出がありますか?

古俣大介:高校はちょっと横道にそれて、悪友がいろいろできます。勉強とか学校の活動にも熱心に取り組まずに友達と街を徘徊しながら、ちょっとだらけた感じで過ごしていました。

新谷哲:大学は多摩大学を選ばれていますが、選ばれた理由はございますか?

古俣大介:だらけた高校時代を過ごしていたので、「大学に行くべきなのか?」みたいな悩みがあったのですが、経営者の父親から「面白い大学がある」と聞き、パンフレットをもらいます。当時の多摩大学は創立数年ぐらいの新しい大学で、「起業家・経営者を生み出す」という面白いコンセプトでした。教授も産業界の第一線の方々がいたりしたので、「非常にユニークで面白い。ここなら入っても良い」と思い、選びました。

新谷哲:ではもう高校時代から起業して経営者になる気満々だったのですか?

古俣大介:高校はダラダラと過ごしていたので、起業家・経営者を目指していませんでした。ただ何となく「大学に行くならこういうところかな?」ぐらいに考えていました。

新谷哲:大学ではどんなことを学ばれましたか?

古俣大介:学部は「経営情報学部」という単一の大学だったので、経営学や財務、会計、マーケティング、あとはコンピューター系の授業を受けました。ただ、大学に入ってもそんなに勉強などに身が入らず、アルバイトしながらダラダラと遊んで暮らす生活を、1年半ぐらいしていました。

新谷哲:ガイアックスと出会ったのは、大学4年生とお聞きしましたが、それまでは勉強しながら遊んでいたのですか?

古俣大介:ダラダラと大学1年生を過ごしていたら、いきなり留年しちゃったのです。留年してショックも受けたのですけど、親にもすごく怒られて、「このままじゃいけない」と思います。私の叔母がイスラエル人と結婚し、イスラエルに移住しておりまして「1回遊びに来い」と言われていたので、「1回行ってみるか」と2回目の大学1年生の夏に重い腰を上げました。それは初めて自分で行った海外で、イスラエルに1か月ぐらい過ごします。

イスラエルは、日本での暮らしからすると異次元の世界でした。「アラブ諸国に囲まれているので、本当に国境を守らないといけない」とか、「自分と同じぐらいの年の若者が軍隊に入り、国のことを考えて活動している」、「エルサレムに行くと何千年の宗教の歴史が至るところで息づいている」など、今までにないリアルな世界を垣間見て「今まで自分は何と狭い世界に生きていたのか。世の中こんなに広い、いろんな人達がいていろんな可能性に満ちているのに、自分はいかに狭い世界に閉じこもっていたのか」と、大きな衝撃を受けます。それに加え、イスラエルに持って行った本がありました。それはソフトバンクの孫社長の40歳ぐらいまでが書かれていて、「世の中こんな可能性を追求している人がいるのか。しかも10代の頃からそんな活動をしている人がいたのか」という二重の衝撃を、20歳になる前ぐらいの時に受けました。その時に、自分の中から沸々とエネルギーが湧いてきまして、「自分もこの無限の可能性に、広い世界で挑戦してみたい。経営者として大きな価値を生める事業をやってみたい」と、思うようになりました。

新谷哲:そうすると多摩大学の2回目の1年生の時が、人生の分岐点の1つだったのですね?

古俣大介:分岐点、ターニングポイントだったということです。

新谷哲:その後、珈琲豆のEC販売や、女性向け古着販売の経営なさっていますが、それは2回目の1年生の終わりか、2年生になってから始めたのですか?

古俣大介:経営者になる決意は2回目の1年生の時にしましたが、経営者として活動するまで4年間ぐらいのブランクがありました。経営の勉強や、経営知識のインプットとか、これまで一切しておらず、世の中を知らなさすぎたのです。「経済がどう回っているのか?」とか、「世の中にどういう企業やビジネスがあるか?」とか「これからどういう事業が伸びるのか?」ということが全く分からない状況でしたので、「経営の勉強をしよう」とひたすら経営の本を読みました。

大学の授業にもちゃんと出るようになって、そこからは前から3番目以内の席に座って、真剣に授業を聞いたり質問をしたり、気に入った教授に頼んで勉強会を開催してもらったりもしました。そういう時期を2年ぐらい過ごし、色々と調べていくと「インターネットで新しい価値を生み出せる事業を経営したい」と思い「インターネットで自分が取り組める事業を研修がてら経営してみよう」と決めました。親戚で珈琲豆屋を経営する方がいたので、その人に頼んで仕入れをさせてもらい、ネットで珈琲豆のサイトを自分で作ったのが、大学3年生ぐらいです。

新谷哲:珈琲豆の通販サイト経営は、当たったのですか?

古俣大介:個人でやり始めて、広告費もかけずに、数か月で月に30~40万ぐらいの売上になりました。98年ぐらいで、他にそういう販売サイトなかったこともありましたが、そこそこ注文は入りました。

新谷哲:そのまま起業して経営者になることもできたと思いますが、なぜ卒業後、ガイアックスに入社されたのですか?

古俣大介:通販サイトの経営をしているとき、父親が経営する会社に、たまたま営業マンが来ました。経営者の父親が「面白い営業マンがいる」ということで合わせてもらい、その営業マンに自分の話をしたのです。そうすると、「それだったら自分の同期がインターネット会社の経営者しているので、1回会ってみたらどうだ?」と、ガイアックスの上田社長を紹介してもらいました。上田社長は私の2個上ぐらいの年が近い感じだったのですけど、事業や経営に対するアプローチみたいなものが私と全く異なっていまして、非常に衝撃を受けたのです。

私は「やれることから徐々に経営していこう」という考えだったのですが、上田社長はゴールイメージから考えます。「自分は最終的にこういう会社を創りたい。このくらいの期間でこのくらいの規模にする」と考えて経営しています。必要なリソースや資金、人材もゴールから逆算し、将来のために今から一気に調達するという経営方法を聞いて、「自分の経営の仕方では、経営者として大きな価値を生み出す、というゴールにたどり着けない」と衝撃を受けました。そこで「ガイアックスという会社で経営の修行をしたい」と思い「1か月でいいから、無料でいいから働かせてくれ」とオファーをしました。ちょうど卒業前の1か月ぐらい、期末テストが終わり、卒業が決まった時期でした。

新谷哲:では、就職活動はやっていないのですか?

古俣大介:全くやっていないです。

新谷哲:本当は、起業して経営者になる、という考えだったのですか?

古俣大介:そうです。

新谷哲:それがガイアックスの上田社長と出会って、そのままインターンに入ったのですね。

古俣大介:インターンとして入って、2週間ぐらい経って「社員でやらない?」と言われました。ガイアックスでの2週間が刺激的で面白かったので、「しばらくガイアックスで経営の勉強をしても良いかな?」と思って社員になりました。

新谷哲:社員になった当初は、どのくらい経営者の勉強をしようと思っていたのですか?

古俣大介:入社してすぐの合宿で、「1年後ぐらいには起業して経営者になると思いますので、よろしくお願いします」と挨拶した記憶があります。

新谷哲:何年いらしたのですか?

古俣大介:10か月ぐらいですか。

新谷哲:10か月でもう起業し、経営者になったのですか?

古俣大介:はい、経営者になりました。

新谷哲:ガイアックスでは、経営者としてどのようなことを学ばれたのですか?

古俣大介:先程申し上げたように、「ゴールから逆算して考えて動く」という考え方は、今でも経営に役に立っています。あとは経営ビジョンを打ち出すことの大切さです。「経営ビジョンをしっかり打ち出して、経営ビジョンへの共感を周囲から得られれば、資金や優秀な人材を集められて、徐々に事業経営の可能性というのが高まっていく」ということが、非常に勉強になりました。

新谷哲:ガイアックスから独立・起業し、経営者をされていますが、現在のピクスタとは違う事業経営をされていたと聞いています。どのような事業から経営を始めたのですか?

古俣大介:最初は実は印刷デザインの事業経営から始めました。2001年~2002年に、ガイアックスさんにいて「どんな事業を経営するか?」を考えていた時、ネットバブルが崩壊しました。世の中では「インターネットはやっぱり幻想だった。インターネットはもう終わりだ」みたいな論調が渦巻いていました。私も若く、それに影響されて「インターネットオンリーの事業経営は、なかなか難しいのではないか?」と考えていたのです。その時に印刷分野でイノベーションが起きていることを知りました。

当時主流だったのが、オフセット印刷。「100部刷っても1万部刷っても値段一緒です」という印刷だったので、大量に刷らないといけません。そこに「100部なら100部、1万部なら1万部で値段が違う。印刷数に見合ったコスト」で、高品質な印刷ができる「オンデマンド印刷」という方法が登場します。そこで、「これからの世の中は、印刷のニーズが高くなるかもしれない」と考え、印刷機材をリースで入手します。「最初はどこに売り込むのが良いか」と考え、飲食店を選びます。飲食店はメニューが頻繁に変わるので、メニューや店頭のポスターを結構定期的に変えるので需要があると思ったのです。しかもオンデマンド印刷は少量印刷が安いコストでできるので、「1店舗~数店舗の飲食店ならニーズが高いだろう」と飲食店へ営業し始めました。飲食店のニーズは狙い通りにあったので、結構注文が増えるようになりました。当初はリアルに受注を受けていたので、将来的には「インターネット上でマーケットプレイスみたいな形で展開できたら良い」と思いながら事業経営をしていました。

しかし、自分達で「営業・受注・見積もり・デザイン・印刷・納品・資金回収」という全てを行っているうちに、「インターネット上で全てを行うのは無理ではないか」と自信を失います。あとは、4人~5人ぐらいアルバイトを採用していたのですが、マネジメントが上手くいかず、「1年ぐらい経って組織が崩壊、全員辞める」ことになりました。経営者としての自信を失ってしまい、印刷事業の経営からは撤退したのです。

新谷哲:撤退した後は、どのような事業を経営したのですか?

古俣大介:次にどの事業を経営するかは、なかなか見つかりませんでした。生活費もなくなってしまって、若干栄養失調気味になってしまいます。それを見かねた父親から、「ネットで売れている商品があるから、それを売る事業を経営してみろ」と健康グッズ的なものを紹介されます。私も「とりあえずこれを売って少しでも足しにしよう」と健康グッズを売り始めたのです。2003年~2004年ぐらいのことで、それが当たります。商品を追加すればするほど売上が上がるようになり、兄貴が途中で加わりました。兄貴と2人で会社経営をして、1年ぐらい経つと月収で1000万円、粗利500万円という事業になります。発送とかは全部倉庫や運送会社に頼んで自動化したりして。余裕も出て、栄養もしっかり摂れるようになりました。

新谷哲:その後、株式会社オンボードを設立されていますが、お兄さんと2人で経営していた、美容の健康グッズのEC販売等の会社はどうしたのですか?

古俣大介:全部兄に譲りました。兄が引き続き経営をして、いろんな商品を売りながら続けています。

新谷哲:美容の会社経営をお兄さんにお任せして、オンボードを設立しようと思った理由、きっかけは何でしょうか?

古俣大介:美容グッズ、健康グッズのECサイトが伸びれば、会社経営が順調なほど、逆にジレンマが自分の中でどんどん大きくなってきました。「何でジレンマがあるのだろう?」と考えた時に、20歳の情熱を思い出して「自分にしかできないような事業、インターネットを通じて大きな価値を生み出せる事業を経営したい」と思ったのです。生活費稼ぎで始めたEC販売という事業経営は、「人が作った商品を上手くインターネットを使って売っているだけ。別に自分が経営しなくても構わない」ものでした。昼間はEC販売の経営を続けましたが、夜はずっと「自分の人生をかけられる、自分にしか経営できない事業は何だろう?」と、ずっと考えていたのです。

8か月~10か月考え続けたとき、結論として出始めたのが幼少の体験でした。私が本当に好きだったのはクリエイティブとかコンテンツ分野で、小さい頃からコンテンツ中毒みたいな感じだったのです。小説や漫画、映画、アニメ、ゲームなどにずっとハマっていまして、10代の頃は自分で創作活動をしていました。けど、自信もないし、手段もないので、公に発表しないのです。そんな体験があって、「自分はやっぱりクリエイティブなコンテンツ分野の事業を経営したい」という思いが募りました。ただ自分にクリエイティブな才能がないことは分かっていたので、「もしかしたら、才能があってもそれを仕事にできていない、埋もれている方々は多いのではないか?インターネットを使えばそんな方々にもっと日の目が当たるような、活躍できる場を提供できるのかもしれない」と思うようになったのです。その時、自分にとって大きな出来事が2つ起こり、世の中の変化が起こっていました。

1つはデジタル一眼レフカメラの大ヒット。CanonがEOS Kiss Digitalというデジタル一眼レフカメラを2003年に発売して、今までの何分の一かの値段でデジタル一眼レフが買えるようになりました。世の中の数百万人の写真好きのアマチュアの方々が、デジタルの一眼レフカメラを手に入れ始めていました。2つ目は、インターネットがブロードバンドになったことです。高品質なデジタル写真がどんどんインターネットに投稿され始めた時期だったので、はたと気づきます。「自分が撮った自慢の作品をネットに投稿したいけど、良い先がない。良い投稿先を作れば、才能のある方々の良い作品が世の中に出て、活躍の場を提供できるのではないか?」と事業プランを考え始めます。その中に、今のピクスタ事業である、「インターネットのデジタル素材マーケットプレイス」の原形がありました。この事業を経営しようと会社を立ち上げました。

新谷哲:ピクスタさんは今、どのような事業を経営しているのか、お教えいただけますか?

古俣大介:いくつか事業を経営していますが、主力となっているは「ピクスタ」というデジタル素材のマーケットプレイスサイトです。これは誰でも写真やイラスト、動画を投稿して、販売できるという事業です。例えばテレビ局や雑誌社、ウェブデザインの会社が素材を買って制作に活かす。素材が買われたら、投稿クリエーターさんに一定の報酬が付与される、というインターネット上のマーケットプレイス事業を主力に会社経営をしています。

新谷哲:ピクスタさんは上場されていますが、いつから「上場しよう」と思い経営をしたのですか?

古俣大介:もともと、「自分ならではの事業を経営し、大きな価値を生み出したい」と思っていました。上場は「それを実現する有力な手段の1つだ」と考えていたので、創業時からある程度、上場を見据えながら経営していました。実際に上場準備をしようと考えたのが2011年~2012年ぐらいなので、創業6年~7年後ぐらいです。

新谷哲:2012年から3年後には上場なので、経営は順調でしたか?

古俣大介:ある程度は、順調な経営でした。

新谷哲:上場の苦労話は何かございますか?

古俣大介:海外展開をいつのタイミングでしようか、と考えていました。国内では良いポジションになりましたが、今後もっと価値を伸ばして売り上げを拡大させていくと考えた時に、「アジア市場はこれから期待できるだろう」ということで、海外展開を考えました。ただ新規市場を展開すると、コストはどうしてもかかってきます。上場するためには一定の利益規模が必要で、上場後も株主が利益を求めると考えた時に、「どのタイミングで投資していくのか」に悩みました。

新谷哲:そうでしたか。ここからは違う質問をさせていただきます。好きなこと、好きなものをお聞きしましたら、「サッカー観戦・読書」とお答えいただきました。サッカー観戦が好きということですが、昔からサッカー大好きなのですか?

古俣大介:サッカーが好きになったきっかけは、98年のワールドカップです。日本が初めて出た時のアジア予選、中田ヒデが最後、活躍したのを見て感動してサッカーに興味を持ちました。中田はそのままイタリアに移籍したので、「その姿を見たい」と思いスカパーでイタリアのサッカー、セリエAを見ていたら、ヨーロッパサッカーのダイナミックさに惹かれるようになりました。なので、20年ぐらい前からサッカーファンになった感じです。

新谷哲:ワールドカップなどがあると、観戦しにスタジアムに行かれるのですか?

古俣大介:基本インドア派なので、スタジアムに観に行くことはあまりないです(笑)。

新谷哲:インドア派でしたか(笑)。好きなことでもう1つ、読書。「ドラッカー」「カーネギー」を読むといただきました。うちの会社も実は「カーネギー」と「ドラッカー」は必読書としております。「ドラッカー」「カーネギー」をお好きというのは、いつ頃からですか?

古俣大介:20歳の時に経営者になろうと思ったとき「経営者になるには、どんな本を読んだら良いのか」といろいろ調べていき、ドラッカーやカーネギーが出てきました。その時から読んでいたのですが、事業を経営していない大学生が読んでも、なかなか本当に理解できません。なので、理解するために同じ本を繰り返し読むことをしていました。今は「自分が経営する会社には当てはまるか」、「自分が経営者ならどう動くか」と考えながら、繰り返し読んでいます。

新谷哲:うちの社員にも「ドラッカー」の「現代の経営」は毎年くり返し読みなさい、と言っています。

古俣大介:大変素晴らしいです。

新谷哲:うちの社員が読んでも、古俣大介社長みたいな経営者になれるか分かりませんが、大変有り難いお話です。座右の銘をお聞きしたところ「成功とは成功するまでやり続けることで、失敗とは成功するまでやり続けないこと」「この世に起こることは全て必然で必要、そしてベストのタイミングで起こる」と松下幸之助のお言葉をいただきました。このお言葉を選ばれた理由は何でしょうか?

古俣大介:経営者の両親からよく「商売というのは『飽きない』だから『商い』と書くんだ」と言われました。同じ事業でも、続けて経営をすれば良い方向に磨かれていきます。創業して12年ぐらい経ちますが、経営の課題は多く、まだ良くなる部分は多いので、事業経営を続けるということの大切さを身に染みて感じます。特に私達のようなインターネットのマーケットプレイス事業というのは、軌道に乗るまで人を集めないといけません。「売る人がいないと買う人も出てこない、買う人がいないと売る人も出てこない」からです。事業経営が成り立つまで色々な苦労があり、数年間、経営を続けない事業が成り立たない状況もありました。その時に諦めずに色々な試行錯誤やチャレンジをしながら経営を続けた結果、今があります

新規事業を立ち上げる時も、「立ち上がるまで数年間かかる」という目線を持って経営する必要があります。経営をする中で色々なことが起こりますが、その都度ショックを受けたりとか、状況に左右されすぎてしまうと判断を間違ったりしてしまいます。なので「起こることは全て自分にとって必要なのだ。自分にとっての学びなのだ」と考えて経営をすれば、良い方向に動くと思うので、その2つを意識して経営をしています。

新谷哲:大変勉強になるお話をありがとうございます。最後に、全国の経営者向け、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣をお教え下さい。

古俣大介:これは全ての経営者に当てはまるか分りませんが、経営を続ければ上手くいったり、成功したりというのは結構可能性が高くなっていくので、「自分が想いを持てる事業領域、分野を選ぶこと」が大事です。想いを持てていれば、経営者ならではの経営ビジョンや経営方針を打ち出せますし、経営ビジョンに共感して人がついてきます。色々なことが良い方向に働くと思いますので、想いが持てる事業を選んで経営を続けることが非常に大事です。

新谷哲:古俣大介社長、本日はありがとうございました。

古俣大介:ありがとうございました。

編集後記

古俣大介社長は、私より年下ですが大変優秀な経営者です。お話を聞いていても「なるほど」と思えることが多く、深く考えています。私の前職の後輩であるガイアックスの上田社長が育てた人材ということで、「私より年下の方々が活躍して羨ましい。もっと勉強しないといけない」と私自身が反省しております。

古俣 大介 氏
ピクスタ株式会社 代表取締役

多摩大学在学中から起業し、ECサイトなどの運営を手がける。大学卒業後に株式会社ガイアックスに入社。同社でいくつもの新規事業立ち上げに参画。その後、いくつかのECサービスを起業したのち、2005年8月に株式会社オンボード(現ピクスタ株式会社)を設立。翌年の2006年5月に「PIXTA」をリリース。2015年9月にマザーズ上場

※本インタビューへの出演をご希望の方はこちらよりご応募ください。

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、古俣大介氏(ピクスタ株式会社 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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