成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 萬英子氏(株式会社MIDORIE BIO JAPAN 代表取締役)

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、萬英子氏(株式会社MIDORIE BIO JAPAN 代表取締役)です。

今回は、オーガニックレストラン経営、法人向けケータリングサービスの事業を経営する、株式会社MIDORIE BIO JAPAN、代表取締役の萬英子社長にお越しいただきました。大阪府出身、中小企業二代目経営者の娘に生まれ、弟たちの面倒をみるしっかり者の幼少時代。絵を描くのが好きで、大学は芸術系に進学され、卒業後は広告代理店に勤めます。しかしご結婚後29歳で脳腫瘍が見つかり、その体調管理の過程でオーガニック食品と出会いがありました。オーガニックをより多くの人に広めるべく、現在の事業を経営されています。逆境の中でも自らのテーマに出会い、慎重かつ大胆に事業を展開されてきたパワフルな女性経営者の経営者インタビュー、ぜひお聞きください!

新谷哲:今回の経営者インタビューは、株式会社MIDORIE BIO JAPANの萬英子社長です。まずは経歴をご紹介します。中小企業経営者の長女として、大阪でお生まれになりました。芸術系の大学を卒業後、広告代理店に入社。結婚後、脳腫瘍と診断され退職。その後、オーガニックレストランを経営しようと起業を志し、オーガニックレストランの経営者となられました。萬英子社長、本日はよろしくお願いいたします。

萬英子:よろしくお願いいたします。

新谷哲:最初のご質問です。ご出身は大阪府とのことですが、小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになりましたか?

萬英子:私は、高度成長期の1963年に生まれました。家業も製造業を経営しており、2代目経営者だった父は、中学校の先生を辞めて経営者になっています。中小企業が勢いのある時代で、父が経営する会社もどんどん規模が大きくなり、子どものことも考えられないみたいな忙しさがありました。私には弟がいるのですが、弟は体が悪かったので、面倒を任されました。両親から弟の面倒を任されたので、しっかりした子だったと思います。

新谷哲:現在の萬英子社長とあまり変わらない感じですね。高校は大阪府の高校に進学されていますが、高校時代はどのようにお過ごしになりましたか?

萬英子:経営者だった父の影響で、絵を描くことが好きでした。中学時代から「自分の進路は芸術大学だ」と決めていて、高校時代はデッサンの予備校にも通っていました。

新谷哲:中学時代から、絵を描かれていたのですか?

萬英子:ずっと絵を描いていました。将来については、「絵描きになるか、学校の先生になって絵を続けていくか?」と漠然と考えている、ちょっと浮世離れした子どもだったかもしれません。今、経営者をしているのが不思議です(笑)。

新谷哲:私の知らない萬英子社長が見えて、びっくりしています(笑)。その後、京都の美術系の大学に入られていますが、大学時代はどのようにお過ごしになりましたか?

萬英子:大学時代は初めての一人暮らしをしました。弟の体が悪かったこともあり、添加物や着色料が一切ない環境で、両親からは「健康に気を付けろ」と口うるさく言われていました。その反動か、一人暮らしをするようになって「ジャンクフードを食べてみたい」と思い、堰を切ったようにジャンクフードに走りました(笑)。

新谷哲:オーガニックレストランの経営者という、現在の姿からはちょっと想像がつかないですね(笑)。大学卒業後は、広告代理店へ入られていますが、なぜ先生を諦めて広告代理店にご就職されたのですか?

萬英子:よくよく考えて「先生に向いていない」と思いました。中学校の教師になった先輩から愚痴を聞いている時、先輩が中学生の生徒を「子ども」と言ったのです。そのときに「中学生を子どもと言って良いのか?」と引っ掛かりました。大人として扱うには早いですが、「中学生を子どもと一括りにすることは、自分の価値観とは合わない」と感じたのです。あと、世の中の景気が良かったこと、グラフィックデザインにも興味があったので、広告の世界に入りました。

新谷哲:広告代理店では、どのような仕事をしたのですか?

萬英子:クリエイティブな仕事がしたいと思っていたのですが、初めて教えてもらったことが「接待するお客さんが好きなビールの銘柄を覚えろ」でした。当時はバブルだったので毎日接待があったこともあり、「これが社会人1年生なんだ!」と衝撃を受けました。でも、少しずつ仕事を任せてもらえるようになりました。

新谷哲:萬英子社長は美人ですので、接待も多く行かされたのではないですか?

萬英子:私はお酒を1滴も飲めないのですが、よく接待に行かされました。上司は「女の子さえ出しておけばクライアントも楽しいんだろう」という考え方だったと思いますが、私はお酌とかは一切しませんでした(笑)。

新谷哲:お酌しない萬英子社長は想像がつきます(笑)。その後、ご結婚されたと思うのですが、ご結婚後もそのまま仕事はお続けになられたのですか?

萬英子:結婚したのが早かったことと、結婚したら仕事を辞める、という観念がありませんでした。「子どもを産むときは辞めないといけないかな?」とは思っていましたが、仕事大好きでしたので、仕事を続けました。

新谷哲:なるほど。結婚後も仕事をお続けになられますが、29歳の時に脳腫瘍と診断されたとお聞きしています。脳腫瘍とお聞きになった時は、やはり驚かれたのですか?

萬英子:青天の霹靂ってこういうことか、と思うほど驚きました。仕事ではチームリーダーを任されるようになって、ここからだという時でした。当時は「忙しいから体調が悪いのかな?」と思っていたのですが、耳が聞こえなくなったり、顔面麻痺が出たりして「これはおかしい」と思い病院で診察をしました。そこで脳腫瘍と診断されて、療養することになりました。

新谷哲:その脳腫瘍は、現在は消えているのですか?

萬英子: 25年経っていますが、残っています。手術をする前に腫瘍が小さくなったので、小さいまま残っているという状態です。

新谷哲:腫瘍が小さくなったのは、なにか努力をしたからでしょうか?

萬英子:「生まれたときに腫瘍はないのだから、小さくなる可能性もある」と思い、いろいろ勉強をしました。「腫瘍は小さくなる」と考えるお医者さんと話し合い、言うことをきいてあらゆる食事法や代替治療を試しました。何が特効薬として効いたかは断言できませんが、結果として腫瘍は小さくなっていきました。

新谷哲:腫瘍が小さくなっていることは、検査で分かったのですか?

萬英子:そうです。

新谷哲:腫瘍が小さくなったことで、「もう1回仕事しよう」と思われたのですか?

萬英子:そうです。療養のために会社を辞めたことがストレスで、「早く広告の現場に戻りたい」と思っていました。しかし、療養のためにライフスタイルを変えていく中で、「オーガニック食はすごく体に良い。アレルギーが治り、女性の生理周期も整って、快調になった」と食べ物の力を実感しました。当時はまだ、日本にオーガニックという言葉はなく、世間に知られていなかったので「オーガニックレストランをやる人が必要じゃないか?誰もやらないんだったら自分がやる」と決めました。当時、アメリカのド田舎に半年ほど行っていたことがあるのですが、ド田舎のスーパーにもオーガニックのコーナーがあり、オーガニックレストランも何軒もあったことで「オーガニックの分野はビジネスとして経営が成り立つ、マーケットが広がる」と思っていました。

新谷哲:オーガニックレストランの経営をしようと決めてすぐには起業されていないのは、修行に行かれたからでしょうか?

萬英子:そこは慎重になりました。当たり前のことだと思うのですが、どの企業どの業種も楽なところはなく、生き残る可能性も低いです。飲食店にも勤めたことないのに、オーガニックレストランの経営者になっても成功する訳がないと思ったので、修行をしました。

新谷哲:何年ぐらい修行されたのですか?

萬英子:5年を予定していました。でも現場に行ってみたら、オーガニックレストランを利益体質にするのが難しいことが分かり、いろいろと作戦を練りましたので、7年かかってオーガニックレストランをオープンしました。

新谷哲:7年でレストランをオープンし経営者となったのは、修行が終わったからでしょうか?

萬英子:ある経営者の方から、「今のお前が起業して経営者になっても、吹けば飛ぶような会社しかできない。この赤字の店を自分の力で黒字化してみろ」と、お店を1店舗任せていただいていました。色々な工夫によって店を黒字化でき、合格をもらったので起業して経営者となりました。

新谷哲:なるほど。そうしましたら、MIDORIE BIO JAPANが現在経営している事業についてお教えいただけますか?

萬英子:現在は、オーガニックレストランのイートインとテイクアウトのお店を経営しています。他には、撮影現場のロケ弁とか、イベントの後の懇親会とか、周年記念のイベントにオーガニックの料理を届ける、法人向けのデリバリー事業を経営しています。割合は1対2、レストランが1で法人様向けが2になります。2018年からは新事業で、オーガニックのヘナというインド産のハーブを使った、ヘアケア商品の開発販売事業も経営しています。

新谷哲:将来的には、オーガニックという分野をどんどん広げていく構想で、経営をしているのでしょうか?

萬英子:私の経営理念は「本物の食材を使って、お客様の健康に貢献する」ことで、次が「社員への厚遇を目指す」こと。その次に「生産者との共存共栄」を、経営理念として掲げています。私は「オーガニックというお食事をたくさんの人に食べてもらい、広めていきたい、分かっていただきたい」ということを目的に経営を始めました。この目的を常に考えて、経営をしています。

新谷哲:ここからは、違う質問といたします。好きなもの・好きなことで、「海外1人旅・パクチー・チャツネ」とお答えいただきました。萬英子社長は、1人が好きなのですか?

萬英子:そうです。私が起業して経営者になった時に、「あなたが客商売?」と、地元の友達にびっくりされました(笑)。高校の時に「勝手」というあだ名を付けられるくらい、人のことを気にしていなかったので、「客商売なんて、できるわけない」と言われました。

新谷哲:やっぱり、1人が好きなのですね(笑)。

萬英子:1人が好きというか、人と価値観が違うのです。昔は、スケッチするのでどうでもいいような路地とかに何時間でも座っていました。そんな私に合わせてもらうのが申し訳ないので、1人旅は好きです。ただ会社経営は1人でできないので、そこはかなり変わりました(笑)。

新谷哲:気遣っていらっしゃったという意味の、1人旅だったのですね。次に「座右の銘」もお聞きして「空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む」とお答えいただきました。素晴らしい座右の銘なのですが、こちらを選ばれた理由はございますか?

萬英子:これはアインシュタインの言葉です。経営者の仕事は、無から有を生む仕事です。無から有を生む時に何が必要かというと、実際やってみることです。でもむやみやたらに実行しても、会社はすぐ潰れてしまいます。潰れないために必要なものは想像力です。「経営者は想像力を磨かなければいけない」と思っており、アインシュタインの言葉を見た時に「座右の銘にピッタリだ」と思い選びました。

新谷哲:お答えいただきありがとうございます。次が最後の質問になります。全国の経営者、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣・方法をお教え下さい。

萬英子:経営者として成功する秘訣・方法は2つあると思います。1つ目は、「諦めないこと」。シンプルなことですが諦めないから成功する、諦めるから失敗すると思います。しかし、ただ続けているだけでは駄目で、続けながら改善する必要があります。2つ目は、「自分の中で創造性がある」です。この2つがないと、経営者として成功しないと思います。

新谷哲:想像力と諦めないことですね。大変素晴らしいお話をありがとうございました。萬英子社長、本日はありがとうございました。

萬英子:ありがとうございました。

編集後記

萬英子は1人が好きで、我が道を行くという経営者らしい経営者です。また、いろいろな成功体験があり、そこからオーガニックレストラン、オーガニックのヘアケア商品と、経営の幅を広げているところは、女性らしく経営者です。私も想像力を豊かにし、事業を大きくしていきたいと思います。

萬英子氏
株式会社MIDORIE BIO JAPAN 代表取締役

芸術大学卒業後、広告代理店に勤務するが20代後半に大病を患い、病気療養中にオーガニックという概念に出会い、オーガニックレストラン起業を目指し飲食業に転職。37歳の時に目黒区学芸大学に1店舗目のオーガニックレストラン&デリみどりえを開店。通販デリバリー事業の経営を行う

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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、萬英子氏(株式会社MIDORIE BIO JAPAN 代表取締役)の経営者インタビューを取り上げました。

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