「皇帝はすべて知ってくれている!」ナポレオン軍の強さを物語る人心掌握術

近世ヨーロッパにおいて圧倒的に強さを誇ったナポレオン。彼の軍の強さは、ナポレオン自らによる人心掌握術にあったといわれる。

最高勲章を自身の手で老兵の胸に

1814年1月、ナポレオンは人生において最後の閲兵(整列した兵士を激励すること)を行なった。多くの兵たちが整列するなかをナポレオンが進むと、ひとりの老兵に目を留めた。その顔に見覚えがあったからだ。

その老兵の階級は、伍長(最下級の下士官)。ナポレオンは、老兵をそばに招き、語りかけた。聞くと老兵はナポレオン軍のすべての戦いに参加し、そのたびに勲章の授与対象になっていた。しかし彼の直属の上司、将軍は彼を軽んじ、勲章の授与はおろか昇進の対象にすらしなかった。また老兵自身も決して自分の功を吹聴しなかった。ただナポレオンとともに勝利の歴史を綴っていければ、満足だったからだ。

ナポレオンの胸にこの「無冠の兵士」の心が、強く響いたにちがしない。ナポレオンに偉くしてもらい、よくしてもらいながら、ナポレオンが敗れて島流しになった途端、恩を仇で返し、裏切った高官たちも少なくなかった。それに比べて、この兵士は、何の見返りも求めず、必死に働いてくれた。

ナポレオンは、いったん、その老兵を隊列に戻すと、かたわらにいた側近の大佐に指示をした。そして再び、かの兵士を招き寄せた。そこでナポレオンは、自分がつけていたフランスの最高勲章であるレジオン・ド・ヌール勲章をはずし、自身の手で老兵士の胸につけてあげたのである。

「人は己を知る者のために死ねる」

つづいてそのとき太鼓が打たれた。全体が静まりかえると、大佐は大きな声で叫んだ。「皇帝の名において、ノエル伍長を連隊の少尉に任命する!」。つづいてナポレオンの合図とともに、再び太鼓が鳴り、大佐が叫んだ。「皇帝の名において、ノエル少尉を連隊の中尉に任命する!」 。そして三たび、太鼓が響き、大佐は告げた。「皇帝の名においてノエル中尉を連隊の大尉として遇しなさい!」。瞬く間の昇進。感激のあまり老兵は倒れかけた。

ナポレオンは、この老兵にたんに恩恵を与えたのではなかった。正確に兵士の功績に報いたかったのだ。そしてそのナポレオンの心は誰もがわかった。いちばん働いた人が、いちばん偉いのだ。皇帝は全部、知っていてくれるぞ! と。じつはこの人心掌握のあり方こそが、ナポレオン軍の強さの秘密といわれている。

次元は違うが、中国三大奇書の一冊といわれる「水滸伝」のなかにも同様のことが出てくる。梁山泊の108人もの豪傑を束ねた宗江は、しがない地方の小役人であった。その彼が何故多くの豪傑たちのリーダーとなれたのか。それは「人は己を知る者のために死ねる」というとおりに、徹底して相手を知り、相手のために尽くしたからだ。ゆえに梁山泊の豪傑たちは、宗江のために喜んで命を差し出した。そこに団結が生まれ、勝利が生まれたのだ。

さまざまな組織論、リーダー論が世に問われているが、結局のところひとりの人間たるリーダーが、ひとりの人間である部下をどこまで真剣に思いやり、考えているのか。この一点に尽きている。究極は“人間”に集約されていくのである。

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