成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 有吉徳洋氏(株式会社ソーケン 代表取締役社長)

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、有吉徳洋氏(株式会社ソーケン 代表取締役社長)です。

今回は、オフィス空間をプロデュースする、株式会社ソーケンの有吉徳洋社長にお越しいただきました。北海道出身、旅行会社へ就職後に、昭和42年にお父様にあたる、有吉徳礼氏が経営する株式会社ソーケンの2代目社長として就任されました。幾多の試練の時期もありましたが、ピンチをチャンスととらえ、新たな飛躍へのバネに変えて成長されたストーリーは、2代目社長に限らず、多くの経営者様にご参考にしていただけるかと存じます。「日本一にふさわしい企業になる」と事業に邁進される有吉徳洋社長の経営者インタビュー、ぜひお聞きください!

新谷哲:今回の経営者インタビューは株式会社ソーケン代表取締役社長の有吉徳洋社長です。まずは経歴をご紹介します。1968年北海道生まれ、旅行会社に就職後、お父様が経営する株式会社ソーケンにお戻りになり、2004年にはソーケングループ代表取締役社長に就任され、経営者となられます。内装の事業を経営しており、有名なところでは、美術館や博物館、世界遺産のお寺や神社の他にも、有名なIT企業の内装、施工等を手掛けていらっしゃいます。有吉徳洋社長、今日はよろしくお願いいたします。

有吉徳洋:よろしくお願いいたします。

新谷哲:最初のご質問ですが、北海道出身なのですか?

有吉徳洋:北海道登別、温泉街の出身です。生まれて3年ほどしかいなかったので、全然覚えていません。ただの出生地みたいな感じです。

新谷哲:そうでしたか。その後、東京に引っ越しをされたそうですが、小さい頃はほぼ江戸っ子という感じですか?

有吉徳洋:当時は葛飾区に住んでいたので、ほとんどそうですね。

新谷哲:小学校・中学校も葛飾区に通われたのですか?

有吉徳洋:小学校の途中までは、葛飾区です。小学校の高学年からは、千葉県市川市引っ越しをし、そこからは市川市に住んでいます。

新谷哲:小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになりましたか?

有吉徳洋:小学校・中学校時代は、色々なことを率先してやりました。例えば、生徒会の副会長、水泳部のキャプテン、風紀委員の委員長などを率先してやっていたことが、小学校・中学校時代の思い出です。

新谷哲:素晴らしいですね。高校も千葉県の高校に進まれたのですか?

有吉徳洋:そうですが、もともとは「電車の運転手になりたい」と思っていたので、鉄道系の高校を受験しようと思っていました。でも父親に「絶対駄目だ」と反対されました。仕事を継いで経営者になれ、とは言わなかったですが、経営者になって欲しかったから反対したのだと思います。記念に鉄道系の高校の受験はしましたが、父親は「地元の県立高校に進学しろ」と言われました。今から考えると、会社の経営が大変だったんでしょうね。そんな経緯で、千葉県の高校に進学しました。

新谷哲:詳しくは後ほどお聞きしますが、「好きなこと」をお聞きしたところ、「鉄道」とお答えいただいております。当時から鉄道はお好きだったのですね。高校では、何か部活はされたのですか?

有吉徳洋: 1年生の担任が剣道部の顧問だったので、なし崩しと言う形で剣道部に入りました。

新谷哲:剣道の厳しい高校だったのですか?

有吉徳洋:国士舘大学の出身の先生だったので、本当に厳しく、ひどい目にあった記憶しかないです(笑)。

新谷哲:まさに高校の体育会系の学部みたいな感じですね(笑)。高校卒業後、大学にご進学されていますが、どちらの大学を選ばれたのですか?

有吉徳洋:剣道部の先生のご縁で、剣道の強い大学に進学しました。

新谷哲:では、大学でもずっと剣道をしていたのですか?

有吉徳洋:そうです。ずっと剣道ばっかりしていました。

新谷哲:では、大学時代も体育会系だったのですね。大学卒業後は、旅行会社にご就職されていますが、選ばれた理由はございますか?

有吉徳洋:鉄道関係と旅行が好きだったので、「じゃあ、旅行会社に入ろう」と旅行会社に就職をしました。

新谷哲:その時、経営者だったお父様は反対されなかったのですか?

有吉徳洋:「修行させてほしい」と言いました。ただ就職に関しては、父親が取引先には話をつけていたらしいんですが、「同業種にいってもアレだし、そのくらいはいい」と認めてくれました。

新谷哲:話をつけたというのは、建設業・建築業の企業ですか?

有吉徳洋:そうです。あと今で言うと、国内の重機メーカーの経営者と仲が良かったみたいで、「息子を就職させてくれ」と話をつけていたみたいです。でも旅行会社への就職を認めてくれたので「息子は行かない」と話を通してくれました。

新谷哲:旅行会社は何年お勤めになったのですか?

有吉徳洋:3年ほど勤めました。もう1年目ぐらいから「お父さんはっきり言わないけど、会社を継いで経営者になってあげて」と母親から言われていたので、3年で辞めました。

新谷哲:お母様に何度も言われたことが理由とおっしゃいましたが、3年でお父様が経営する会社に戻られた理由は、他にもございますか?

有吉徳洋:学生時代から今の家内とずっと付き合っていて、辞める頃に結婚の挨拶をしに行ったのです。そしたら田舎の方なので、「長男なのに家業を継がない人間は信用しない。出直せ」と言われましたことが、父親の経営する会社に戻った最大の理由です。

新谷哲:義理のお父様の一言には、実のご両親は大変喜ばれたのではないですか(笑)?

有吉徳洋:喜んでいました(笑)。

新谷哲:お父様の経営する会社に戻られて、最初は何の仕事をしたのですか?

有吉徳洋:新規開拓をする仕事をしました。9割ぐらいが既存の企業との取引だったので、「何か起きたらまずい」ということで、任されました。

新谷哲:当時経営していた事業は、現在経営している事業とはあまり変わらないのですか?

有吉徳洋:現在と一緒で、オフィス内装を中心としたインテリア空間の事業を経営していました。

新谷哲:お父様の経営する会社を継がれ、経営者になったのは何年後ですか?

有吉徳洋:10年経たないぐらいです。経営者だった父親が、体調が悪いのに行かなかったので「これはいい加減に行ったほうが良い!」と検査入院をした時に余命3か月ということを言われました。父親は入院後99日後に亡くなりました。会社を継いで経営者になるのは「もうちょっと後かな?」と思っていたので、まさに青天の霹靂です。

新谷哲:事業承継の時に、何か苦労はされましたか?

有吉徳洋:士業の先生からは「引き継ぎをいろいろされたほうが良いんじゃないですか?」と言われていたのですが、父に「あんた亡くなるから引き継ぎしろ」とは言えないので、そのまま父は亡くなりました。亡くなってから、士業の先生や役員を呼んで引継ぎについて話すのですが、そこで初めて私には2人の姉がいることを初めて知りました。(お父様の愛人のお子様が二人いたということ)そこからは相続問題になり、3回忌までは何回も話し合いをするという、大騒ぎになりました。

新谷哲:大騒ぎになったということは、業績はよろしかったのですか?

有吉徳洋:バブル期過ぎた辺りでしたから、緩やかな下降線のような状況のところでしたね。

新谷哲:その状況で、急に有吉徳洋社長が経営者になるということで、部下の方達からの反発はございましたか?

有吉徳洋:経営者だった父が亡くなる1年ぐらい前に、お家騒動があって会社を継げる人間が全員いなくなっちゃったのです。緩やかな下降線のきっかけもお家騒動だったので、「経営者になるのは息子しかいないね」という状況でした。

新谷哲:では、業績がちょっと大変だけど、親戚は残っていないのでスッと受け継いで経営者になれたのですか?

有吉徳洋:そうですね。番頭格の社員も現場だけが得意な人間だったので、金融機関も「息子が継いで経営者になるんでしょ?」という認識でした。

新谷哲:会社を継いで経営者になった後、その超有名IT企業や美術館、博物館、世界遺産に入り仕事をしていますが、会社として改革が上手くいったなどの理由はございますか?

有吉徳洋:経営者だった父が亡くなったのが2004年8月で、全員が「このままだと会社がまずいよ」と必死になって仕事をしました。おかげでV字回復をし、「なんだ、俺って経営やれるじゃん」と勘違いします。そうしたところで、2008年のリーマンショックで、思いきり鼻を折られ「これ、会社が潰れるんじゃないか?」と感じます。仕事がなくなってしまいましたので「自分たちの強みを探そう」となり、「自社工場を持っている。なら、ちょっとマニアックな仕事を受けていこう」と、オフィス空間以外の範囲の仕事をする方針にしました。営業をする中で、美術館の仕事を取ることができ、色々な美術館からの仕事を受けることができました。そのご縁から、国宝や重要文化財を扱う神社仏閣の仕事を受け、IT系の企業からデザイン依頼がくるようになりました。

新谷哲:今のお話をまとめると、リーマンショックで下がった後、会社を大きく変えて、業績が大きく回復した、ということですよね?

有吉徳洋:そうです!

新谷哲:株式会社ソーケンは今後、どのような事業を経営していこうと考えていますか?

有吉徳洋:会社の将来を考えたとき、「有吉家と働いている社員が、いかに一緒に繁栄するか?」が課題になりました。売上などの数字も大事なのですが、リーマンショックを経験した後は、「数字にこだわるのは、企業としてどうなのか?」と悩んで、「日本一に相応しい会社になろう」と思いました。そこからは、例えば図面が出てきたときに「この図面は、日本一の会社に相応しい図面だろうか?」という考え方に切り替えて、経営をしています。

新谷哲:日本一の企業、素晴らしいテーマです。ここからは、違う質問をさせていただきます。事前に好きなもの・好きなことをお聞きしたところ「鉄道・格闘技・楽しい企画をして人が喜ぶことが好き」とお答えいただきました。この楽しい企画というのは、どのようなものですか?

有吉徳洋:今までやってきたことは、社会貢献活動、CSRです。自分達が関わって、他の人が幸せになれる仕組みは何かを考えたときに、社会貢献活動をするようになりました。面白い事例だと「猫好き社員が集まって、猫を幸せにできる豊かな暮らしを考えよう」と、キャットタワーとかキャットボックスを売り、その売上を猫のワクチン注射や、野良猫を増やさないための手術費用として寄付をすることを考えました。

新谷哲:ソーケン社はCSRに力を入れていることで有名ですが、他にはどのようなCSRを行っているのですか?

有吉徳洋:本業では木を扱っているので、木を使ったワークショップや、児童養護施設に木を使った組み立て式のクリスマスツリーを送ったりしました。子どもが触れるものですので、舐めても安全な、とうもろこしで作った塗料などを輸入して使いました。他には環境省から頼まれて、間伐材普及促進会という団体を立ち上げて、木を使った活動をしています。千葉県のいすみ鉄道とは毎年2~3回コラボさせてもらい、木で作った切符や、行き先案内のヘッドマークなどを作りました。もともと鉄道が好きでしたので、喜んでコラボさせていただきました。木以外でいきますと、三陸鉄道とさかなクンが客員准教授をしている東京海洋大学とコラボをして、1車両貸し切ってさかなクン列車をやったりしました。内容は、さかなクンが利尻昆布や、ビニールが環境にストレスを与えているというお話をしました。今、プラスチック製のストローが問題になり、スタバ等が動いていますが、さかなクンは当時から危機感持っていたので、すごいと思っています。この経験から、CSRをするときは、環境やECOとコラボすることを心がけています。

新谷哲:なるほど。鉄道がお好きで、楽しい企画もお好きで、それが上手くコラボしたらCSRになったのですね。座右の銘もお聞きしたところ「士魂商才」。なぜ、これを選ばれたのですか?

有吉徳洋:経営者だった父が残してくれた手帳とか経営の覚書のなかに、稲盛和夫さんの考えに触れて感じたものがあり、その中に「士魂商才」という言葉がありました。それを見たときに、私の結婚式の時に、剣道部の顧問が「士魂商才」の話をしていたことを思い出しました。経営者だった父からもらった商売人としての自分と、剣道部員として過ごした侍としての自分、2つの部分がクロスして、自分的にしっくりきたので、選びました。

新谷哲:どのような意味があるのですか?

有吉徳洋:侍の魂を持って商売をしていこう、ということです。侍は、「武士としてのキリッとした慎ましい生活、生き方」という意味があるので「武士道の心の精神として、恥じない商売をしていく」という意味です。例えば、違法伐採の木材は安く使えますが、環境にストレスを与えています。そんなものを使った建築物を、お客さんに売るのは「士魂商才」ではありません。「士魂商才」を座右の銘にしてからは、「自分の経営は嘘をついていないのか?」ということを意識するようになりました。あと、被災地支援活動でCSRでやっていますけども、残念な同業他社の件で、相談受けました。それは「水害を受けた壁に塗装しないと、水が引いても腐る」と言って、1人暮らしの老人を脅すのです。見積書は、相場の5倍です。その時は、「あまりにも高い!」と思い、電話をして同業者を注意しました。損してまで助けろとは言いませんが、「困っている人を利用してまで儲けたいのか?それは『士魂商才』なのか?」と残念な気持ちになります。また、こうした残念な商売はニュースで取り扱わないですが、「Facebookで書いたほうが良いのではないか?」と、ちょっと葛藤しています。

新谷哲:私からすると、Facebookで書いた方が良いと思います。全国のお聞きになっている経営者様も、有吉徳洋社長のように「士魂商才」について考えていただきたいと思います。次の質問が最後になります。全国の経営者、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣・方法をお教え下さい。

有吉徳洋:経営者として成功する秘訣・方法は、「仕事に対して、社員に対して、取引先に対して、嘘をつかないこと」です。本当に経営が厳しかった時にもごまかさず、幹部社員と全社員集まって経営状態を説明して、「大変厳しいが、誰1人もクビにはしたくないので、1年間給料カットさせてほしい。自分の給料もこれだけ減らす、経費も削減をする。もし辞めたいという人がいたら、辞めても構わない」と言いました。おかげさまで誰も辞めず、会社の経営を続けることができました。嘘をつかないということで、信用性を高めていくことができます。信用性が高ければ、困った時には助けてもらえることがあります。今でも忘れもしないのが、資金繰りが間に合わなくなったときです。1月4日に支払わなければならないのに、間に合わなくなったり、仕入先に「1月4日にどうしても払えません。でも、1月10日に入金がありますので、1月10日に支払わせてください。注文書のコピーはこれです、これで信じてください」と言ったら、その協力会社さんが「あんたとお父さんがちゃんとコツコツやっているというのを知っているよ」と信じてくれました。でも、注文書なんて、いくらでも嘘が書けるのです。それでも仕入れ先は、僕を信用して1月10日まで待ってくれました。もし、過去に1度でも経営で嘘を付いていたら、待ってもらえなかったかもしれません。嘘を付かないことは経営の王道で、「士魂商才」なのです。経営が苦しい時は嘘を付きたくなりますが、「嘘はつかずに踏ん張って正直に話すことで、運は向いてくる」というのが、僕の経営の考え方です。

新谷哲:勉強になることをお話しいただきありがとうございます。有吉徳洋社長、本日はありがとうございました。

有吉徳洋:ありがとうございました。

編集後記

有吉徳洋社長は2代目らしいといえば2代目らしいですが、2代目らしくないところもあって素晴らしい経営者でした。印象に残ったのは、「士魂商才」、「嘘をつかない」です。私も有吉徳洋社長のマネをしなくては、と反省をしております。

有吉徳洋 氏
株式会社ソーケン 代表取締役社長

1968年生まれ、北海道出身。2004年に株式会社の代表取締役社長に就任。オフィス、ショールーム、美術館、博物館の設計施工デザインや店舗再生、ITwebデザイン、木工の自社工場を持ち仕事の範囲は多岐に渡る。国内を拠点とし、公益財団法人理事・環境省登録団体での地域活性化プロジェクト、かわさきFMのパーソナリティ、CSRアニメ映画のプロデューサー、デザイナーや社会起業家の育成として携わり、本業を基本とした企業のCSR活動を中心に現在多数のプロジェクトが進行中。

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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、有吉徳洋氏(株式会社ソーケン 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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