成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 斉藤寛氏(株式会社ミライナビ 代表取締役)

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、斉藤寛氏(株式会社ミライナビ 代表取締役)です。

今回は、人材派遣・職業紹介事業を展開する、株式会社ミライナビの斉藤寛社長にお越しいただきました。1978年生まれ。現在のヒトコミュニケーションズに入社。その後、フィールドサーブジャパン設立に携わり、2016年に、日本の未来をナビゲートする、という思いから株式会社ミライナビを創業。 人材業界に16年以上携わり、総合人材サービス会社を経営する斉藤寛社長のお話しは、多くの経営者様に大変参考になるかと存じます。ぜひお聞きください!

新谷哲:今回の経営者インタビューは、株式会社ミライナビの斉藤寛社長です。まずはご経歴をご紹介します。1978年生まれ、東京都ご出身。ビックスタッフ(現在・ヒト・コミュニケーションズ)にご入社。その後、フィールドサーブジャパン起業に参画。2016年にミライナビを起業し経営者となります。現在、総合人材サービス会社として、人材派遣、職業紹介、メディア運営などの事業を経営しております。人材会社のアドバイザーや研修講師なども務め、その知見を広く発信して経営者です。本日はよろしくお願いします。

斉藤寛:よろしくお願いします。

新谷哲:最初の質問です。ご出身は東京ということですが、小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになりましたか?

斉藤寛:家にいるよりも外に出て、近所の仲間と野球やサッカーをやったり、泥だらけになって家に帰ってくる幼少期を過ごしました。

新谷哲:ガキ大将タイプでしたか?

斉藤寛:ガキ大将と言うほど、やんちゃではなかったと思います。ただ、一緒に遊ぶ仲間は、少しやんちゃで元気な子が多かったです。

新谷哲:不良まではいかない「やんちゃ」ですか?

斉藤寛:そうですね。不良は別のグループとしてありました。読書やゲームもしますが、それよりも外で体を動かしているのが好きな人たちです。

新谷哲:高校は東京都の高校に進学されますが、どのようにお過ごしになりましたか?

斉藤寛:高校は好きだったので毎日通学しましたが、3年間で300回以上の遅刻をしました。勉強は普通に出来たのですが授業に出ることは好きでなく、友達と校庭でバスケやったりサッカーやったりして、遊んでいるような人間でした。

新谷哲:勉強が出来て授業が好きでないということは、授業出なくても勉強が分かってしまうタイプだったのですか?

斉藤寛:良く言うとそうです。授業に出てはいないのですが、先生とコミュニケーションを取るのは好きだったので、今思うとすごくかわいがってもらえたと思います。

新谷哲:高校卒業後は、大学に進まれるのですか?

斉藤寛:卒業後は、専門学校に2年間通いました。

新谷哲:専門学校では、どのようなことを勉強されたのですか?

斉藤寛:一般的には社会で必要な、パソコン技能や簿記、販売士、証券、ビジネスマナーなどを勉強して、資格を取りました。

新谷哲:卒業後、現在のヒト・コミュニケーションズに就職されるのですか?

斉藤寛:ヒト・コミュニケーションズに入るまでに、2社経験しています。新卒で入った会社は、消費者金融です。そこには1年しかいなかったのですが、社会の厳しさなどを勉強させていただきました。

新谷哲:その次は、どのような会社に就職したのですか?

斉藤寛:光通信に入り、半年ほど飛び込み営業をしました。

新谷哲:その後に、ヒト・コミュニケーションズに入られますが、入社したきっかけはございますか?

斉藤寛:光通信を半年で退職して、少しふらふらして、お金がなくなりました。消費者金融でお金を借りたりもしたので「生活のため、返済のためにも、何か仕事をしないといけいない」と思いアルバイト雑誌を見て、たまたまヒト・コミュニケーションズで販売の募集があったことがきっかけです。

新谷哲:ヒト・コミュニケーションズに入社後、活躍をされてどんどん出世されたのですか?

斉藤寛:端的に言うとそうです。1年半ほどは派遣の販売員として、ビックカメラの店頭で販売員をしていました。時給の良い仕事だったので、半年ぐらいで100万円近くあった借金は返せたのですが、「お金を貯めて彼女と海外旅行に行きたい」と思ったので、延長して仕事をしていました。

新谷哲:ではお金のために仕事をしていた、ということですか?

斉藤寛:そうです。ただ、1年半ほど経って、ヒト・コミュニケーションズから正社員の話が出て、営業職として就職します。

新谷哲:なるほど。ヒト・コミュニケーションズには何年ぐらい所属したのですか?

斉藤寛:販売員も含めて、計4年ほどです。

新谷哲:では、正社員になってからの2年半で実績を上げたということですか?

斉藤寛:はい。当時のヒト・コミュニケーションズはそこまで大きくなかったので、裁量権が大きい仕事をさせていただきました。「三方良し」と言いますか、企業、求職者、自社の三社に利益が残る形であれば、自由に仕事ができる環境だったので、楽しく仕事をしていました。ただの営業職から、営業の主任、事業部長、東京営業部の事業部長と出世もしていき、やりがいを感じることができました。

新谷哲:その後、フィールドサーブジャパンの起業に参画して、取締役にご就任されていますが、元上司の方と一緒に起業したのですか?

斉藤寛:ヒト・コミュニケーションズの創業メンバーの一人が、独自資本で起業した会社がフィールドサーブジャパンです。私も役員として少しばかり出資をさせていただきました。

新谷哲:ヒト・コミュニケーションズを退職する葛藤、会社を起業することへの葛藤はございましたか?

斉藤寛:私は昔から、「起業して経営者になろう」という起業志向を強く持っていました。フィールドサーブジャパンの起業には、「将来は起業して経営者になりたいので、3年間、起業や経営の勉強させてください」と話をして参画をしました。

新谷哲:フィールドサーブジャパンには、何年いらしたのですか?

斉藤寛:11年おりました。

新谷哲:当初の予定よりも遅れたのは、なかなか離れられなかったのでしょうか?

斉藤寛:そうです。起業から3年経って、「私の思っていた通りの会社にはなっていない。やらなきゃいけないことはまだある」と思っていました。またプライベートな部分で結婚や出産、家を買うというその大きなイベントがあり、起業して経営者になるタイミングが掴めなかったです。

新谷哲:起業から11年後に「起業して経営者になろう」と決断されますが、きっかけをお教えいただけますか?

斉藤寛:子どもとした夢についての会話がきっかけです。幼稚園等に入って子どもから「パパの夢は何?」と聞かれて「俺は起業して経営者になって、こんなことやりたい」と答える中で、ハッとしました。自分のライフイベントは落ち着いてきた時期であり、資金的な面、起業メンバーにも恵まれていたので、「ここが起業して経営者になるタイミングだ」と起業いたしました。

新谷哲:起業して経営者になるにあたり、「怖さ」などは感じられましたか?

斉藤寛:怖さはなかったです。20代前半の若い頃に、「借金を作ってお金がない、人脈もない、何もない」という経験をしているので、「駄目だったら、1からやり直せば良い」と思っていました。家族が許すかは別の問題ですが、失敗することへの怖さはなかったと思います。

新谷哲:起業してから、経営について苦労されたことはございますか?

斉藤寛:細かい苦労はいっぱいありますね(笑)

新谷哲:なんだか大きなご苦労は無さそうですね(笑)

斉藤寛:いやいや、そんなことはないです(笑)。ただ切羽詰まった苦労はしていないだけです。

新谷哲:羨ましいです(笑)。ミライナビは現在、どのような事業を経営していますか?

斉藤寛:人材派遣と紹介と、メディア運営の事業を中心に経営しています。人材派遣は、半分が販売接客サービスで、人とのコミュニケーションが必要な仕事です。残り半分は、オフィスワークです。企業の一般事務から経理、総務などの分野に人材を派遣しています。人材紹介で扱っている職種は、営業職からIT系エンジニアまで様々あります。派遣業と紹介業では、派遣業の割合が多いです。

新谷哲:ここからは全く違う質問をいたします。好きなもの・好きなことで、「ゴルフ・麻雀・筋トレ」とお答えいただきました。麻雀お好きなのですね。

斉藤寛:新谷社長も麻雀をされますか?

新谷哲:はい、結構やります。今度ご一緒しましょう(笑)。

斉藤寛:ちょっと怖いですが、是非。(笑)

新谷哲:はい(笑)。次に「筋トレ」ですが、何かの大会で準優勝したとお聞きしましたが、何の大会に出場したのですか?

斉藤寛:ベストボディ・ジャパンという細マッチョの大会で準優勝しました。日本大会の出場に向けて、筋トレと続けています。

新谷哲:日本大会で入賞されるのを期待しております。次の質問に移ります。座右の銘をお聞きして「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六をお答えいただきましたが、こちらを選ばれた理由は何でしょうか?

斉藤寛:山本五十六の言葉は、「言葉の順序を含めて合理的で、一言ずつが人の心にささる」と思っています。社員や部下に対して、言葉で言うのは簡単ですが、言うことがスタート。ゴールではありません。自分が行動する姿を見せることが、人を動かすには大事だと思っているので、こちらを選びました。社員にも言い聞かせ、私自身も実践している最中です。

新谷哲:次が最後の質問になります。全国の経営者、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣・方法をお教え下さい。

斉藤寛:経営者として成功する秘訣・方法は「チャレンジを続けること」です。「成功の反対は何か?」と質問をした時、一般的な答えは「失敗」となります。しかし私は「チャレンジしなかったこと、やらなかったことが失敗」になると考えています。私は経営をする上で「いっぱい失敗しよう」と決めています。失敗しても続けることが大事で、続けていたらいつかは成功するかもしれません。なので、経営者として成功する秘訣・方法は「とにかく失敗を続ける、チャレンジし続ける」ことだと思っています。

新谷哲:大変勉強になるお話をありがとうございます。斉藤寛社長、本日はどうもありがとうございました。

斉藤寛:ありがとうございました。

編集後記

斉藤寛社長は、仕事を淡々とされているのだと感じました。経営者として成功する秘訣の「チャレンジを続ける」は、失敗を細かく重ねながら、コツコツ積み上げることが大切という意味だと思います。私も斉藤寛社長のように「もっと成長しなければ」と反省をいたしました。

斉藤寛氏
株式会社ミライナビ 代表取締役

1978年10月18日生まれ。東京都出身。2001年ビックスタッフ(現ヒト・コミュニケーションズ)入社。2005年フィールドサーブジャパン設立に参画、取締役に就任。16年ミライナビを設立し、代表取締役就任。総合人材サービス会社として人材派遣、職業紹介、メディア運営を行う傍ら、ほかの人材会社のアドバイザーや研修講師を務め、その知見を広く発信している。

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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、斉藤寛氏(株式会社ミライナビ 代表取締役)の経営者インタビューを取り上げました。

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