成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 株式会社ミライナビ 代表取締役 斉藤寛氏

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、斉藤寛氏(株式会社ミライナビ 代表取締役)です。(2019年6月12日 2019年6月19日 配信)

今回は、人材派遣・職業紹介事業を展開する、株式会社ミライナビの斉藤寛社長にお越しいただきました。1978年生まれ。現在のヒトコミュニケーションズに入社。その後、フィールドサーブジャパン設立に携わり、2016年に、日本の未来をナビゲートする、という思いから株式会社ミライナビを創業。 人材業界に16年以上携わり、総合人材サービス会社を経営する斉藤寛社長のお話しは、多くの経営者様に大変参考になるかと存じます。ぜひお聞きください!

新谷哲:今回の経営者インタビューは、株式会社ミライナビの斉藤寛社長です。まずはご経歴をご紹介します。1978年生まれ、東京都ご出身。ビックスタッフ(現在・ヒト・コミュニケーションズ)にご入社。その後、フィールドサーブジャパン起業に参画。2016年にミライナビを起業し経営者となります。現在、総合人材サービス会社として、人材派遣、職業紹介、メディア運営などの事業を経営しております。人材会社のアドバイザーや研修講師なども務め、その知見を広く発信して経営者です。本日はよろしくお願いします。

斉藤寛:よろしくお願いします。

新谷哲:最初の質問です。ご出身は東京ということですが、小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになりましたか?

斉藤寛:家にいるよりも外に出て、近所の仲間と野球やサッカーをやったり、泥だらけになって家に帰ってくる幼少期を過ごしました。

新谷哲:ガキ大将タイプでしたか?

斉藤寛:ガキ大将と言うほど、やんちゃではなかったと思います。ただ、一緒に遊ぶ仲間は、少しやんちゃで元気な子が多かったです。

新谷哲:不良まではいかない「やんちゃ」ですか?

斉藤寛:そうですね。不良は別のグループとしてありました。読書やゲームもしますが、それよりも外で体を動かしているのが好きな人たちです。

新谷哲:高校は東京都の高校に進学されますが、どのようにお過ごしになりましたか?

斉藤寛:高校は好きだったので毎日通学しましたが、3年間で300回以上の遅刻をしました。勉強は普通に出来たのですが授業に出ることは好きでなく、友達と校庭でバスケやったりサッカーやったりして、遊んでいるような人間でした。

新谷哲:勉強が出来て授業が好きでないということは、授業出なくても勉強が分かってしまうタイプだったのですか?

斉藤寛:良く言うとそうです。授業に出てはいないのですが、先生とコミュニケーションを取るのは好きだったので、今思うとすごくかわいがってもらえたと思います。

新谷哲:高校卒業後は、大学に進まれるのですか?

斉藤寛:卒業後は、専門学校に2年間通いました。

新谷哲:専門学校では、どのようなことを勉強されたのですか?

斉藤寛:一般的には社会で必要な、パソコン技能や簿記、販売士、証券、ビジネスマナーなどを勉強して、資格を取りました。

新谷哲:卒業後、現在のヒト・コミュニケーションズに就職されるのですか?

斉藤寛:ヒト・コミュニケーションズに入るまでに、2社経験しています。新卒で入った会社は、消費者金融です。そこには1年しかいなかったのですが、社会の厳しさなどを勉強させていただきました。

新谷哲:その次は、どのような会社に就職したのですか?

斉藤寛:光通信に入り、半年ほど飛び込み営業をしました。

新谷哲:その後に、ヒト・コミュニケーションズに入られますが、入社したきっかけはございますか?

斉藤寛:光通信を半年で退職して、少しふらふらして、お金がなくなりました。消費者金融でお金を借りたりもしたので「生活のため、返済のためにも、何か仕事をしないといけいない」と思いアルバイト雑誌を見て、たまたまヒト・コミュニケーションズで販売の募集があったことがきっかけです。

新谷哲:ヒト・コミュニケーションズに入社後、活躍をされてどんどん出世されたのですか?

斉藤寛:端的に言うとそうです。1年半ほどは派遣の販売員として、ビックカメラの店頭で販売員をしていました。時給の良い仕事だったので、半年ぐらいで100万円近くあった借金は返せたのですが、「お金を貯めて彼女と海外旅行に行きたい」と思ったので、延長して仕事をしていました。

新谷哲:ではお金のために仕事をしていた、ということですか?

斉藤寛:そうです。ただ、1年半ほど経って、ヒト・コミュニケーションズから正社員の話が出て、営業職として就職します。

新谷哲:なるほど。ヒト・コミュニケーションズには何年ぐらい所属したのですか?

斉藤寛:販売員も含めて、計4年ほどです。

新谷哲:では、正社員になってからの2年半で実績を上げたということですか?

斉藤寛:はい。当時のヒト・コミュニケーションズはそこまで大きくなかったので、裁量権が大きい仕事をさせていただきました。「三方良し」と言いますか、企業、求職者、自社の三社に利益が残る形であれば、自由に仕事ができる環境だったので、楽しく仕事をしていました。ただの営業職から、営業の主任、事業部長、東京営業部の事業部長と出世もしていき、やりがいを感じることができました。

新谷哲:その後、フィールドサーブジャパンの起業に参画して、取締役にご就任されていますが、元上司の方と一緒に起業したのですか?

斉藤寛:ヒト・コミュニケーションズの創業メンバーの一人が、独自資本で起業した会社がフィールドサーブジャパンです。私も役員として少しばかり出資をさせていただきました。

新谷哲:ヒト・コミュニケーションズを退職する葛藤、会社を起業することへの葛藤はございましたか?

斉藤寛:私は昔から、「起業して経営者になろう」という起業志向を強く持っていました。フィールドサーブジャパンの起業には、「将来は起業して経営者になりたいので、3年間、起業や経営の勉強させてください」と話をして参画をしました。

新谷哲:フィールドサーブジャパンには、何年いらしたのですか?

斉藤寛:11年おりました。

新谷哲:当初の予定よりも遅れたのは、なかなか離れられなかったのでしょうか?

斉藤寛:そうです。起業から3年経って、「私の思っていた通りの会社にはなっていない。やらなきゃいけないことはまだある」と思っていました。またプライベートな部分で結婚や出産、家を買うというその大きなイベントがあり、起業して経営者になるタイミングが掴めなかったです。

新谷哲:起業から11年後に「起業して経営者になろう」と決断されますが、きっかけをお教えいただけますか?

斉藤寛:子どもとした夢についての会話がきっかけです。幼稚園等に入って子どもから「パパの夢は何?」と聞かれて「俺は起業して経営者になって、こんなことやりたい」と答える中で、ハッとしました。自分のライフイベントは落ち着いてきた時期であり、資金的な面、起業メンバーにも恵まれていたので、「ここが起業して経営者になるタイミングだ」と起業いたしました。

新谷哲:起業して経営者になるにあたり、「怖さ」などは感じられましたか?

斉藤寛:怖さはなかったです。20代前半の若い頃に、「借金を作ってお金がない、人脈もない、何もない」という経験をしているので、「駄目だったら、1からやり直せば良い」と思っていました。家族が許すかは別の問題ですが、失敗することへの怖さはなかったと思います。

新谷哲:起業してから、経営について苦労されたことはございますか?

斉藤寛:細かい苦労はいっぱいありますね(笑)

新谷哲:なんだか大きなご苦労は無さそうですね(笑)

斉藤寛:いやいや、そんなことはないです(笑)。ただ切羽詰まった苦労はしていないだけです。

新谷哲:羨ましいです(笑)。ミライナビは現在、どのような事業を経営していますか?

斉藤寛:人材派遣と紹介と、メディア運営の事業を中心に経営しています。人材派遣は、半分が販売接客サービスで、人とのコミュニケーションが必要な仕事です。残り半分は、オフィスワークです。企業の一般事務から経理、総務などの分野に人材を派遣しています。人材紹介で扱っている職種は、営業職からIT系エンジニアまで様々あります。派遣業と紹介業では、派遣業の割合が多いです。

新谷哲:ここからは全く違う質問をいたします。好きなもの・好きなことで、「ゴルフ・麻雀・筋トレ」とお答えいただきました。麻雀お好きなのですね。

斉藤寛:新谷社長も麻雀をされますか?

新谷哲:はい、結構やります。今度ご一緒しましょう(笑)。

斉藤寛:ちょっと怖いですが、是非。(笑)

新谷哲:はい(笑)。次に「筋トレ」ですが、何かの大会で準優勝したとお聞きしましたが、何の大会に出場したのですか?

斉藤寛:ベストボディ・ジャパンという細マッチョの大会で準優勝しました。日本大会の出場に向けて、筋トレと続けています。

新谷哲:日本大会で入賞されるのを期待しております。次の質問に移ります。座右の銘をお聞きして「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六をお答えいただきましたが、こちらを選ばれた理由は何でしょうか?

斉藤寛:山本五十六の言葉は、「言葉の順序を含めて合理的で、一言ずつが人の心にささる」と思っています。社員や部下に対して、言葉で言うのは簡単ですが、言うことがスタート。ゴールではありません。自分が行動する姿を見せることが、人を動かすには大事だと思っているので、こちらを選びました。社員にも言い聞かせ、私自身も実践している最中です。

新谷哲:次が最後の質問になります。全国の経営者、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣・方法をお教え下さい。

斉藤寛:経営者として成功する秘訣・方法は「チャレンジを続けること」です。「成功の反対は何か?」と質問をした時、一般的な答えは「失敗」となります。しかし私は「チャレンジしなかったこと、やらなかったことが失敗」になると考えています。私は経営をする上で「いっぱい失敗しよう」と決めています。失敗しても続けることが大事で、続けていたらいつかは成功するかもしれません。なので、経営者として成功する秘訣・方法は「とにかく失敗を続ける、チャレンジし続ける」ことだと思っています。

新谷哲:大変勉強になるお話をありがとうございます。斉藤寛社長、本日はどうもありがとうございました。

斉藤寛:ありがとうございました。

編集後記

斉藤寛社長は、仕事を淡々とされているのだと感じました。経営者として成功する秘訣の「チャレンジを続ける」は、失敗を細かく重ねながら、コツコツ積み上げることが大切という意味だと思います。私も斉藤寛社長のように「もっと成長しなければ」と反省をいたしました。

斉藤寛氏
株式会社ミライナビ 代表取締役

1978年10月18日生まれ。東京都出身。2001年ビックスタッフ(現ヒト・コミュニケーションズ)入社。2005年フィールドサーブジャパン設立に参画、取締役に就任。16年ミライナビを設立し、代表取締役就任。総合人材サービス会社として人材派遣、職業紹介、メディア運営を行う傍ら、ほかの人材会社のアドバイザーや研修講師を務め、その知見を広く発信している。

※本インタビューへの出演をご希望の方はこちらよりご応募ください。

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、斉藤寛氏(株式会社ミライナビ 代表取締役)の経営者インタビューを取り上げました。

『社長の孤独力』抜粋版(PDF29ページ)
無料プレゼント中!

『社長の孤独力』(新谷哲/著) の【抜粋版】を無料プレゼントしております!

71の課題の中から「資金・人材・売上・採用・後継者」の5つを抜粋いたしました。銀行からお金が借りれない社員がすぐに辞めてしまう売上を伸ばしたい、など、具体的なお悩みの解決策が掴めます。ぜひご覧ください。

無料プレゼントの詳細はこちら