成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 工藤智昭氏(株式会社ジーニー 代表取締役社長)

本コーナーは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、工藤智昭氏(株式会社ジーニー 代表取締役社長)です。

大学4年生でネットベンチャーを起業。大学卒業後は株式会社リクルートに入社し、国内最大のエリアアドネットワークの構築を経験。2010年に「日本発の世界的なテクノロジー企業をつくりたい」という思いから株式会社ジーニーを設立。2017年12月にマザーズ上場を果たしたエピソードから、経営のヒントが得られます。ぜひ、工藤智昭社長の経営者インタビューをお読みください。

新谷哲:今回の経営者インタビューは、株式会社ジーニーの工藤智昭社長です。まずは経歴をご紹介します。神奈川県出身。大学時代から起業し、ネットベンチャー企業を経営されておりました。早稲田大学大学院卒業後はリクルートにご入社し、事業開発やインターネット広告事業推進を行い、国内最大のエリアアドネットワークの構築を手がけられます。2010年に、日本初の世界的テクノロジー企業を作りたいという想いのもと、株式会社ジーニーを起業。2017年12月には東証マザーズに上場されています。本日はよろしくお願いします。

工藤智昭:よろしくお願いします。

新谷哲:最初のご質問です。神奈川県出身とのことですが、小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

工藤智昭:小学校時代の思い出は2つあります。小学校時代は体が弱く、年に12回入院したことがあります。肺炎になったときは2週間入院しました。また喘息を持っており、発作が起こった時は朝まで眠れないこともありました。入院中をしている時は暇だったので、よく空想をしていました。その時に「自分は短命かもしれないから、一生懸命に生きよう」と心に決めました。もう1つは「経営は面白い」と感じたことです。農家だった祖母の家が近所にあり、高校に行くまではよく手伝いをしていました。正月などにはアルバイトをたくさん雇い、冬の七草などをパックに詰めて何万個と出荷しました。その時に、1つの目標に向かって集団が働くことや、パック詰めなどのプロセスを改善して収益性を上げることに面白さを感じました。また、アルバイトの人や祖母が幸せそうに働いている姿が、素晴らしいことだと感じました。

新谷哲:では、小学校時代の農業経験が、経営者を目指される第一歩になったのですね。

工藤智昭:はい、そうです。

新谷哲:では、中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

工藤智昭:中学時代は、あまり良い生徒ではありませんでした。学校に行くふりをして行かないことを頻繁に繰り返しました。多分、自分の情熱をぶつけるものがなかったからでしょう。友人たちとよく遊んでいました。自転車で家の近くや、横浜の本町まで行ったりしました。

新谷哲:それは、不良という感じだったのでしょうか?

工藤智昭:ギリギリ違います(笑)。

新谷哲:高校は神奈川県内の高校に進まれたのですか?

工藤智昭:神奈川県の光陵高校という公立校に進学しました。一応、その区の中での一番優秀と言われる進学校です。色々と遊んだ後にトラブルがあり、親からメチャクチャ怒られました。「ちゃんとした高校に行け」と言われたので、猛勉強をしてなんとか行くことができました。

新谷哲:一番良い公立高校に入られたのですから、頭脳明晰でいらっしゃいますね。高校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

工藤智昭:高校時代もダメでした。いつも友達と遊んでいました。私は不良ではないのですが、不良の友達もいたので夜中にバイクに乗り、凄いスピードを出して走りました。それがすごく気持ちよかった思い出があります。

新谷哲:高校卒業後は早稲田大学に入学されますが、選ばれた理由はございますか?

工藤智昭:なんとなく良いイメージがあったので選びました。慶應義塾大学も選択肢にありましたが、そちらは育ちが良い方が行くイメージがあったので、早稲田大学の方が良いと感じました。

新谷哲:早稲田大学の理系学部に進まれておりますが、高校時代の成績は良かったのですか?

工藤智昭:高校は2年生まではダメでしたが、3年生になってからの1年はすごく勉強しました。特に数学など理系のものに関しては成績が良くなりましたね。

新谷哲:中学時代・高校時代のお話を聞いていると、爆発力や集中力があると感じたのですが、そのような感じだったのですか?

工藤智昭:自分の中で取捨選択をして、できる科目、できない科目がある学生でした。理系はすごく勉強をしてできるようになりましたが、国語などは全然勉強をしなかったです。

新谷哲:なるほど。大学時代はどのようにお過ごしになられましたか?

工藤智昭:1年生や2年生の頃は、よく麻雀をやっていました。早稲田大学には麻雀をする人が多かったのと、駅から大学までにいくつも雀荘がありました。そのため「大学に行く前に麻雀を打とう」という話になりましたね。それで、夜まで麻雀をすることはよくあり、勝負強さや、勝負することに関する哲学を作り上げるくらい、やりこみました。

新谷哲:麻雀が経営に活かされている部分はございますか?

工藤智昭:はい、あります。勝負師って、毎日勝負しているイメージがありますが、毎日勝負しているのは本当の勝負師ではありません。勝負の前に守りを固めたうえで、たまに勝負に出るものです。例えば、私はコンピューターに関する学科に入っていたので、コンピューターの授業の時だけは必ず出席をしました。そのため、成績は良かったです。

新谷哲:では、現在の事業にも、大学の授業が活かされている部分があるのですね。

工藤智昭:そうですね。大学の授業は、コンピューターがどのように動いているのか、あるいはプログラミング言語に関する内容だったので、とても活きています。あと、早稲田は大学院まで行き、検索エンジンを作っていました。いわゆるGoogleのような、キーワードを入れるとキーワードに即したホームページを表示するものです。研究する中でGoogleの論文を見て「研究していることがそのままビジネスに活きる、世の中を変えていく」ことを知りました。一方で「最先端の研究を誰がしているのか?」と疑問に思い調べると、Googleだけでなく、最先端の研究をしている日本人が多くいることを知りました。日本からGoogleが生まれる可能性もあったと思いますが、生まれませんでした。その理由はテクノロジーではなくビジネスの部分に問題があるからだと思い「テクノロジーの会社を起業したい」と考えていました。

新谷哲:大学院卒業後はリクルートにご入社されていますが、選ばれた理由はございますか?

工藤智昭:大学時代に起業した際に「経営者になるのなら、1回、リクルートに入ってみるのもいいのではないか」とアドバイスをもらったからです。

新谷哲:リクルートには、何年ほどいらっしゃったのですか?

工藤智昭:4年という短い期間ですので、リクルートのことを語るのが恥ずかしくなってきています。

新谷哲:リクルート時代の思い出などをお聞きしてもよろしいでしょうか?

工藤智昭:大学時代に起業をしていたので「自分は仕事ができる」と思っていたのですが、草野球みたいな仕事の仕方だったと気付きました。リクルートでは、色々な部署からエリートが集められて仕事をしていたので、私よりも仕事ができる人が周りにいたことに衝撃を受けました。

新谷哲:なるほど。リクルートに4年間所属しお辞めになった後は、すぐに起業をしたのでしょうか?

工藤智昭:はい。4年間所属して、イノベーション賞などもいただき「だいぶ経験を積んだ」と思い辞めました。また大学時代の事業では、頑張っても売上が10億円くらいにしかなりませんでしたが、リクルートで経験を積み、売上100億円の事業の作り方などが分かったことも理由になります。

新谷哲:では独立すると決断することは、難しいことではなかったのでしょうか?

工藤智昭:そうですね。もともと経営者になってテクノロジーの事業をやりたいと思っていましたので。また株式会社ジーニーを起業した時は、アドテクノロジー業界で変革が起きているようなタイミングでした。もちろん、起業して経営者になることには怖さがありましたが「お前は辞めて経営者になった方が良い」とアドバイスをしてくれる人が多かったので、企業経営を頑張ろうと思いました。

新谷哲:株式会社ジーニーは2017年12月に東証マザーズに上場されていますが、起業した当初から上場を目指していたのでしょうか?

工藤智昭:起業して1年後には、上場を目指していました。

新谷哲:上場を目指された理由はございますか?

工藤智昭:単純に、高い目標が欲しかったからです。読んだ本に「甲子園で勝ち抜いて優勝するのと同じくらいの確率」と書いてあったので上場を目指しました。

新谷哲:上場をするまでに苦労されたことはございますか?

工藤智昭:苦労だらけでした。「世界的なテクノロジー企業を作る」ことを目指し、上場前から積極的に海外展開や、買収なども行っていました。そのため色々な地雷を踏み、失敗もしています。ですが、挑戦して失敗をするたびに学びがあり「ジーニーをこうしなければ、自分をこう変えなければ」と気付かされる感じがありました。

新谷哲:ありがとうございます。次は、株式会社ジーニーの事業内容についてお話しいただけますか?

工藤智昭:株式会社ジーニーは、マーケティング業界に色々なソフトウェアを提供する事業をしています。営業の効率化や改善をするための管理ツールや、ホームページへのお問い合わせを効率化するチャットボットツールなどです。他は、インターネット広告事業ではデータを使って広告配信を効率化できるDSPやSSPを提供しています。

新谷哲:お話しいただきありがとうございます。ここからは違う質問をいたします。事前に好きなもの、好きなことをお聞きして「ゴルフ・サウナ・キングダム・孫正義・ビルゲイツ」とお答えいただきました。サウナは結構行かれるのですか?

工藤智昭:サウナはよく行きますし、好きすぎてついに家にサウナを作りました。おかげでいつでもサウナに入れるようになりました。

新谷哲:収録をしている5月は、コロナの影響でサウナがほとんど閉まっている時期ですが、コロナに関係なくサウナに入れるのですね。家にサウナを作るほど好きになったエピソードはございますか?

工藤智昭:私の気質もありますが、経営者をしているので、ずっと考え事をしています。眠れないくらい考え事をしているのですが、サウナに入ると瞑想と同じ効果があり、頭の中がリセットされてよく眠れるようになりました。ストレスもサウナに入るようになってからだいぶ減っています。会社でトラブルなどが起こるとストレスになりますが、サウナに入ると頭の中が1回リセットされるように感じますね。

新谷哲:経営者はリセットする手段をお持ちの方が多いですが、工藤智昭社長はサウナをリセットする手段としてお使いになっているのですね。次の質問にまいります。座右の銘をお聞きして「1日1日をド真剣に生きる」とお答えいただきました。こちらを選ばれた理由はございますか?

工藤智昭:よく入院をしていたため、子どもの頃から「1日1日を本当に大切に生きよう」と思っていました。人生もいつまで続くか分からないので、今日1日を後悔しないように朝起きて、1日自分の全力を出しきって働いて終えています。

新谷哲:素晴らしいお考えですね。次が最後の質問になります。全国の経営者、これから起業する方に向け、経営者として成功する秘訣をお教え下さい。

工藤智昭:経営者として成功する秘訣は2つあります。1つ目は、高い志を持つことです。高い志を持つと優秀な人が集まり自分自身の至らない点に気付き、改善していこうと思う原動力になるので、片時も忘れずに邁進することができます。2つ目は、人を幸せにすることです。経営者は、取引先や社員を含めた周りの人を全部幸せにして、最後に自分に返ってくるポジションだと考えています。私も起業してしばらくは自分の給料を下げ、社員に還元してきました。また、お客様の成功があって会社は成り立つと思っています。世の中を良くしていくことで、さらに世の中から必要な存在になります。周りの人を幸せにすることを考えながら、ビジネスとしてバランスを取ること、これが2つ目の秘訣です。

新谷哲:大変深いお話をありがとうございます。本日はどうもありがとうございました。

工藤智昭:ありがとうございました。

編集後記

工藤智昭社長は、大変聡明な経営者でした。コンピューターオタク、という表現が正しいかは分かりませんが、コンピューターに強くてお好きな方です。工藤智昭社長のような方々が日本を変えてくれると思わせていただきました。工藤智昭社長のように聡明でお若い方が先頭に立っている姿を見ると、日本の未来は明るいと感じます。経営者インタビューをお読みの皆様の中から、工藤智昭社長のような方が出てくるのを楽しみにしております。

工藤 智昭 氏
株式会社ジーニー 代表取締役社長

神奈川県出身。大学時代から起業し、ネットベンチャー企業を経営。早稲田大学大学院卒業後はリクルートに入社。事業開発やインターネット広告推進を行い、国内最大のエリアアドネットワークの構築を手がける。2010年に日本初の世界的テクノロジー企業を作りたいという思いから株式会社ジーニーを起業。2017年12月に東証マザーズに上場。

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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、工藤智昭氏(株式会社ジーニー 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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