楽あれば苦あり、苦あれば楽あり 辞任を考えた社長が再起した瞬間

社長が辞任したくなるとき――いつ何時、社長がそんな心境になるか予想できるものではない。当然、役員や社員に悟られてはいけない。しかし、社長にも辞めたくなるときがあるという現実を一般論として知らしめておくことは、社長の立場を理解していただくうえで必要である。

オーナー社長が辞任を考える10の動機

中堅冷凍食品メーカー、東亜食品工業(本社・さいたま市)のオーナー社長である木子吉永(きし・よしなが)氏は「経営にゲーム感覚を取り入れているので、毎日が楽しい」と話す。昭和14年生まれの木子氏、第一線で陣頭指揮を取り続け、その成果は約10冊におよぶ著書『社長、あなたは人に甘すぎる。』『儲かる中小企業は「社長が稼ぐ!」』などにアウトプットされている。

見方によっては、著書を執筆するネタ作りのために経営を実践しているかのようだ。経営状況も黒字を継続し、倉庫を閉鎖して賃貸マンションを建設するなど、新しい展開にも乗り出している。本社正面玄関には木子氏がスローガンに掲げた「知っていることをできることに変えましょう!」という張り紙。従業員だけでなく取引先、銀行担当者などが、否が応でも目にする。

このスローガンを目にするつど、意欲をかきたてられる人も多いだろう。この木子氏も、社長を辞めたくなったことが何度かあるという。だが、現実がなかなか許さない。
「雇われ社長なら理由をつけて、タイミングをみて退任できるでしょうが、オーナー社長となるとそうはいきません。辞めるに辞められないのです」

どんなときに社長を辞めたくなるのだろう。全国で講演活動を展開する木子氏には経営相談も多く持ち込まれるが、その蓄積から、木子氏は10の動機を挙げる。

(1) 資金繰りが常時苦しい
(2) 売り上げが伸びない
(3) 腹心や気の合う部下が退職した
(4) 大きな不渡りに遭った
(5) 後継者をいくら探しても見つからない
(6) 社内が分裂した
(7) 共同経営者が身を退き、出資金の返還を求められた
(8) 事業計画に比べて結果が大きく外れた
(9) 社員が一蓮托生して退職して自社と同じ事業を立ち上げた
(10) 自分が病気にかかった

こうした事態が発生しても、中小企業のオーナー社長は容易に辞任できない。その前提で対処しなければならないのだが、要は発想を切り替えることである。木子氏のアドバイスを紹介しよう。

・身内に後継者が見つからなかったときには第三者を後継者にすればよい
・共同経営者や腹心が辞めたら自分ひとりのワンマン体制でいく
・不渡りをつかまされたら不渡り分を取り戻す
という具合いに、すべて逆転の発想で対処するのだ。

「俺も社長、おまえも社長、堂々とやれよ!」

木子氏が社長業を辞めたくなったのは約20年前。10名の営業部員が全員辞めて、同社と同じ事業を立ち上げたときである。しかしオーナーであるがゆえに、辞めるに辞められない。木子氏は発想を転換した。

ローラー作戦をとっていた営業活動を、DMによる情報発信型の営業に切り替えた。この方法は効果をもたらし、以後、現在に至るまで同社の営業活動の基本としている。さらに、10名の退職は人件費の大幅削減というプラス効果をもたらしたと考えた。

しかし、それだけでは乗り切れない。「何くそ!やってやる!」という気力も大切だという。同社を退職した営業部員達は同社の得意先にも営業をかけて、「あいつは二代目だから……」など木子氏への批判を吹聴していることが耳に入ってきた。木子氏は発奮した。「冗談じゃない!」と。

得意先のなかには励ましてくれた社長もいた。
「俺も社長、おまえも社長、堂々とやれよ!」
なかには木子氏の行動を注意してくれた社長もいた。
「なんで皆辞めたのかわかるか?社長の出社時間が毎日遅いことも原因なんじゃないのか?」
「10時に出社しています」
「それじゃ遅いよ」
以後、木子氏は毎日8時前には出社するようになった。

社員にように辞めたくなったときに辞められないのがオーナー社長である。オーナー社長にとって経営は人生だ。2007年も多くの喜びと悩みに直面するだろうが、“楽あれば苦あり。苦あれば楽あり”の心構えで進んでいこうではないか!

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