本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、オーウェン・マホニー氏(株式会社ネクソン代表取締役社長)です。(2023年3月1日 2023年3月 8日 配信)
今回は、株式会社ネクソンのオーウェン・マホニー社長にお越しいただきました。サンフランシスコ出身で、大学で日本語を学んだことがきっかけで来日。日米の商習慣の違いに戸惑いながらも、業績を伸ばし続けるお姿から、経営のヒントが得られますので、ぜひ、インタビューをお読みください。
新谷哲:本日の「社長に聞く!in WizBiz」は、株式会社ネクソン代表取締社長オーウェン・マホニー様です。まずは経歴をご紹介します。カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学バークレー校にてアジア研究専攻の学士号取得、その後クラリス日本法人、ポイントキャストとエレクトロニック・アーツなどにお勤めになった後、株式会社ネクソンの代表取締役社長にご就任されます。株式会社ネクソンは2011年に東証一部(現・プライム市場)に上場されています。オーウェン・マホニー社長、本日はよろしくお願い致します。
オーウェン・マホニー:よろしくお願いします。
新谷晢:最初のご質問です。ご出身はサンフランシスコですが、日本でいう小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
オーウェン・マホニー:興味のあること、興味のないことがはっきりとしていました。当時の私は歴史や小説には興味がなく、コンピューターにすごく興味がありました。そのためコンピューターと関わりのある、数学や物理などの成績は良かったです。
新谷晢:小さい頃からコンピューターに興味をお持ちだったのですね。
オーウェン・マホニー:私が13歳ぐらいの時、父親がMac(マック)の「Apple II」を買って、オフィスに置いていました。私は「Apple II」で、VisiCalcというスプレッドシートに触れていました。コンピューターを使うためにできるだけ父親のオフィスにいて、VisiCalcの勉強をするようになり、非常に楽しかったです。スプレッドシートに興味があったわけではなく、コンピューターだからこそ使いたかったということを今でも思い出します。
新谷哲:少年時代の行動が、現在のお仕事に繋がっているのですね。高校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
オーウェン・マホニー:私は、14歳~18歳まで、タフトというコネチッカット州のボーディングスクールに通っていました。ボーディングスクールは寮の施設を持つ学校で、卒業するまで寮に入っていました。思い出は色々ありますが、韓国系アメリカ人の親友の事を思い出します。彼からアジアについての話を聞き、韓国・日本・中国などアジアのことに興味を持ち始めました。私が通っていたのは80年代で、当時は日本のコンピューター会社などが、車の会社と同じくアメリカ市場に参入し普及する、と皆が思っていた時代です。そのため、日本への興味を持ち始めました。
新谷哲:高校時代に日本に興味をお持ちになったのですね。卒業後は、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)に進学されますが、こちらを選ばれた理由はございますか?
オーウェン・マホニー:スタンフォード大学かUCバークレーのどちらかを希望していました。UCバークレーを選んだ理由は、当時はコンピューターサイエンスやアジア関係も強かったことと、UCバークレーの方が授業料は遥かに安かったからです。
新谷哲:私はスタンフォード大学もUCバークレーも、どちらも授業料高いイメージがありますが、そうではないのですか?
オーウェン・マホニー:スタンフォード大学よりも、UCバークレーの方が遥かに安いです。UCバークレーはカリフォルニア出身であれば、当時は年間1200ドルでした。私が高校生時代にコンピューター会社でバイトをしており、その時に稼いだお金だけで授業料を払うことができました。
新谷哲: UCバークレー時代の思い出はございますか?
オーウェン・マホニー:UCバークレーはすごく大きいな大学で、探せば探すほど面白い教育を受けることができました。学べることは色々ありましたが、私の専門はアジア関係です。日本語や日本の経済・歴史、韓国の歴史も勉強しました。興味ある分野が少ない友達は「この環境は広すぎる」と言っていましたが、何を学びたいかが明確な私にとっては非常に良い教育の場でした。
新谷哲:日本語は、大学時代に学ばれたのですね。
オーウェン・マホニー:そうです。日本語を勉強したきっかけは、日本の歴史です。何も分からない状態から学び始めたのですが、とても面白かったです。しかし「この人はなぜ、このような行動をしたのか」が把握できないことが多くありました。そこで日本の文化や日本語の勉強をしました。子供の頃の話で出したかもしれませんが、私は言語にはあまり興味がありませんでした。スペイン語やフランス語、ラテン語も勉強しましたが、興味を持てませんでした。でも、日本語は興味が持てたので1年間勉強しました。文法は分かるようになりましたが、話すことができませんでした。「話せるようになるには日本に行かないといけない」と思うようになり、だんだんと日本への興味が深くなりました。
新谷哲:その時に、日本に行こうとお決めになったのですね。感覚としては「アメリカじゃなくて日本に住もう」という感じですか?
オーウェン・マホニー:日本に行く前に、グアムにあるリゾートで6ヶ月働きました。その時に少しだけ話せるようになり、その4か月後に日本に行きました。初めて日本に行ったときは、私の予想よりも遥かに面白い国だと感じたので、卒業後にまた日本に行きました。
新谷哲:日本に行くことを決めたとき、ご両親やお友達に伝えたと思いますが、どのような反応をされたでしょうか?
オーウェン・マホニー:外国に住んだことのある友達はかなりいましたが、多くがヨーロッパで、日本に行ったことのある人は少なかったです。でも両親は日本に興味がありました。80年代は東芝やソニー、OA技術やコンピューターが強かったので、両親は興味があれば支援してくれるスタンスでした。
新谷哲:ではご両親は「日本で頑張ってこい」という感じだったのですね!
オーウェン・マホニー:応援してくれました。
新谷哲:日本とアメリカの違いが分かりますね。アメリカはチャレンジを応援する文化があります。
オーウェン・マホニー:文化に加えて、私が日本に行こうとした87年~88年ごろは、日本は話題になっていました。ソニーの盛田昭夫社長の時代で、今のスティーブ・ジョブズくらいの評判がありました。そのため、私の周り、特に両親は日本に興味を持っていました。
新谷哲:卒業後、最初のお仕事はクラリス日本法人とのことですが、ここはどのような会社でしたか?
オーウェン・マホニー:クラリス社はApple社の100%子会社で、入ったのはクラリス社の日本法人でした。なぜクラリス社が設立されたかと言いますと、ソフトウェア事業に集中する企業を求めていたためです。Apple社の日本法人とは違うオフィスでしたが。当時のApple社のマーケットシェアは、89年ではほとんどゼロでした。その状況から92年までに20%になります。当時は60%のマーケットシェアをもつNECが強かったですね。Apple社のソフトウェア事業が大きくなる時期に入ったので、キャリアのスタートとしては非常に良い時代で、とても楽しかったです。
新谷哲:クラリス社を退職後も、日本を離れることなくお住みなられたのですか?
オーウェン・マホニー:いえ、クラリス社を退職後は、ラディウスというApple業界の別の会社に入り、アメリカのカリフォルニアに戻りました。
新谷哲:その後、再び日本に戻ってくることになりますが、きっかけはございますか?
オーウェン・マホニー:株式会社ネクソンに入るためです。その時、エレクトリックアーツというゲーム会社に9年間勤めていました。経営企画の仕事をしており、ネクソンを買収しようとしたのですが失敗します。その後にネクソンの創業者から「ネクソンに来ませんか?」というアプローチがありました。CFOとしてネクソンに入り、仕事のために日本に戻りました。確か、2010年頃のことです。
新谷哲:アメリカでの仕事と日本での仕事に、なにか違いはございますか?
オーウェン・マホニー:色々とありますが、特に意思決定が違います。これは文化の関連もあると思いますが、アメリカでは意思決定をするために議論をします。特に大きな会社ほど多いです。
新谷哲:どのような議論をするのですか?
オーウェン・マホニー:議論というか、討論かもしれません。私の考えることと、一緒に働く人との情報交換や意見交換です。考えていることを全部言って、結果を生み出すという話し方があるのですが、日本の会社は違いますね。その文化の違いを、アメリカに帰ったことでほとんど忘れてしまいました。
新谷哲:日本では違いましたか?
オーウェン・マホニー:違いますね。アメリカの特にシリコンバレーでは、会社のボスであっても正しいという前提がありません。そのため、シリコンバレーの人達はボスが相手でも必ず議論をします。私もクラリス社やエレクトリック社のボスや先輩相手でも、反対や議論をしました。議論をすればするほど正しい結果が出てくる、という前提がある環境です。しかし、日本の人達は違いました。私の意見はこれです、と言って発言を求めます。すると、彼らはまず「失礼な言い方にならないかな?」と心配をしてから意見を言います。
新谷哲:アメリカでは、ちゃんとディスカッションをして積み上げていくのですね。
オーウェン・マホニー:アメリカと言いますか、シリコンバレーの文化かもしれませんね。そのため、まずはディスカッションをする文化を浸透するところから始めました。スタッフと話をする時に「私は議論をしても大丈夫です、安心してください」という話からスタートをします。これを言わないと、皆ちょっと焦ったり心配をしてしまいます。
新谷哲:では、今のネクソン様の文化はオーウェン・マホニー社長が作られたのですね。次に、株式会社ネクソンの事業内容をお教えいただけますか?
オーウェン・マホニー:株式会社ネクソンは、大きなゲーム会社です。ゲームにも種類がありますが、ネクソン社で作るのは全てオンラインでプレイできるゲームです。ネクソン社のゲームはほとんどがフリー・トゥ・プレイ、基本プレイ無料です。オンラインゲームでもカジュアルやコアという分類があり、その中でもハードコアです。ネクソン社では、深い世界という表現を使っています。
新谷哲:ありがとうございます。ここからは違う質問をいたします。事前に好きなこと・好きなものをお聞きして「スキー、カイトサーフィン、ゲーム業界において優秀かつクリエイティブな人たちと一緒に働くこと、友人や子供とオンラインゲームで遊ぶこと」とお答えいただきました。ゲームが本当にお好きだと分かりますが、ゲームの話ばかりになってしまうので違うことに触れます。スキーがお好きなんですね。
オーウェン・マホニー:そうですね。2週間前くらいには、ニセコに行きました。2年ぶりくらいで、雪が多く素晴らしかったです。
新谷哲:ニセコは、観光客が戻っていますか?
オーウェン・マホニー:戻っています。特にヨーロッパ系オーストラリア人が多かったです。
新谷哲:ニセコは世界的に有名で、雪の質がすごいところですからね。スキーシーズンになると、よく滑るのですか?
オーウェン・マホニー:仕事が忙しくなり、1年間に1週間とか10日間しかできませんが、出来るだけ多く滑っています。子供のころからスキーは好きで、カリフォルニア州にはレッドウルフがあるので、子供の時は家族とよく行きました。
新谷哲:次は座右の銘をお聞きしましたが、残念なことにアメリカでは馴染みがないとのことです。しかし「ゲームスタジオのクリエイティブリーダーたちに必ず行う3つの質問」があるそうなので、そちらをお答えいただきました。「ものすごく楽しいか、何度でも遊びたくなるか、自分が手掛けたことを友人や家族に誇れるか」。大変すばらしい質問ですが、ずっとクリエイターたちに言い続けているのですか?
オーウェン・マホニー:毎日、質問しています。
新谷哲:言い続けていると、クリエイターたちの様子は変わりますか?
オーウェン・マホニー:ゲームはエンターテインメント業ですが、根本的には一種の芸術だと思っています。芸術として良くなければ、ビジネスになりません。この3つの質問に上手く答えられなければ、ビジネスとして成功しません。私も根本的には消費者・カスタマーです。消費者の立場から見れば、良いゲームを作らなければ意味がありません。良いゲームであれば、1回だけじゃなくて、何度もやりたいと思っていただけます。楽しければ、友達とも一緒にやりたくなります。これはゲームだけでなく、映画や音楽、テレビ番組も同じです。そのため、3つの質問に上手く答えられなければ、ビジネスとしては投資しない方がいいと考えています。残念ながら、会社は大きくなればなるほど、消費者から離れる傾向があります。大きくなればなるほど、会社はプロフェッショナルな人材を採用としますが、プロフェッショナルと消費者の目線は同じではありません。消費者から離れれば商品はヒットしなくなり、会社は成功できなくなります。どんな会社でもそうですが、製品の品質が一番大事です。マーケティングより、アカウンティングより、アドバタイジングより、製品の品質が一番だと私は思います。
新谷哲:大変すばらしいお話を聞かせていただき、ありがとうございます。座右の銘でここまで言っていただけるとは思っていなくて、大変感謝しております。次が最後の質問になります。全国の経営者、これから起業する方に向け、経営者として成功する秘訣をお教えください。
オーウェン・マホニー:成功する秘訣は、製品の品質を一番に考えることです。社長の仕事の根本的な問題は、ディストラクションが多いことです。例えば、投資家のケアをしないといけない事態になります。しかし同時に、人事で問題が起こり、誰を採用すべきかを考える必要がでたとします。このように、いくつかの問題を同時取り組まないといけないことが、毎朝から毎晩までいっぱいあります。だから、何に集中するか、どの順番で対応するかを考えなければいけません。先ほど製品の品質が一番だと言いましたが、品質の良い商品、差別化のできた商品を作る技術がないと、企業は長期的に存続しません。しかし、製品の将来について考え続けることは難しいです。忘れることは簡単です。例えば、セールスが上手くいき製品の売上が良くなると「この製品は心配しなくても売れる、将来のことを考えなくても大丈夫」と考える人が多くなります。だから、私がすごく尊敬する創業者や社長が誰かを思い出すと、ソニーの盛田昭夫社長やAppleのスティーブ・ジョブズ、Amazonのジェフ・ベゾスなど、製品の品質を一番に考える方が出てきます。彼らのように製品の品質に集中すればするほど、将来を保護できると思いますので、私もできる限り死守します。
新谷哲:オーウェン・マホニー社長、本日はどうもありがとうございました。
オーウェン・マホニー:ありがとうございました。
編集後記
本日は株式会社ネクソンのオーウェン・マホニー社長でした。チャレンジするのは当たり前、ディスカッションするのが普通、というのは日本人に足りない部分だと感じました。製品の品質が一番大事という部分では、私も大変に勉強になりました。全国の経営者様もぜひ、オーウェン・マホニー社長のようになっていただければと思います。
オーウェン・マホニー氏
株式会社ネクソン代表取締役社長
ポイントキャスト、クラリス日本法人、ラディウスなど、米国及びアジアのIT・ソフトウェア企業において上級職を歴任後、2000年から2009年までエレクトロニック・アーツ・インクにて企業買収及び事業開発の責任者としてシニア・ヴァイスプレジデントを務め、M&Aや投資に従事。2010年に株式会社ネクソンに入社。2010年から2014年まで最高財務責任者及び管理本部長を務め、2011年には東京証券取引所市場第一部への上場、そして世界有数のゲーム会社との戦略的業務提携を率いた。2014年より代表取締役社長に就任。
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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、オーウェン・マホニー氏(株式会社ネクソン 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。
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