成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 相浦 孝之氏(株式会社このみ 代表取締役)

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、相浦 孝之氏(株式会社このみ 代表取締役)です。

今回は、独自ブランドの制服を立ち上げ、インターネット通販を通じて人気を集めている、株式会社このみの経営者、相浦孝之氏にお越しいただきました。原宿の店舗にはイマドキの女子高生が殺到しており、日本テレビ「マツコ会議」でも「原宿オシャレ制服専門店」として取り上げられるほど、大人気となっています。新潟県生まれの相浦孝之氏は、学生時代はスキーに没頭し、そこで忍耐力を鍛えたといいます。そして今や自ら「商売は天職」と言い切る社長の、商売・経営に対する深い情熱とは?経営者インタビューをぜひお聞きください!

新谷哲:今回の経営者インタビューは、指定服、指定学生服が無い学校の生徒さん向けに学生服を販売している、株式会社このみの経営者、相浦孝之社長です。先日、マツコデラックスさんのマツコ会議でも取り上げられた、女子高生、男子高生に大人気の企業です。まずは、相浦孝之社長のご経歴をご紹介いたします。昭和48年、新潟県の妙高市旧新井市でお生まれになりました。平成12年に妙高市で創業され、平成19年東京の原宿で制服専門ショップこのみをオープンし、今では大人気になっています。高島屋でも販売開始になり、経済産業省のがんばる中小企業300社にも選ばれている企業の経営者でいらっしゃいます。本日はよろしくお願いします。

相浦孝之:よろしくお願いします。

新谷哲:最初のご質問ですが、小学校・中学校は、どんなお子様でしたか?

相浦孝之:小学校、中学校、高校は、雪ばかり降る地元の田舎町で育ち、野山を駆け巡るようなやんちゃな子どもでした。

新谷哲:ガキ大将ですか?

相浦孝之:ガキ大将とまでは言いませんが、色々なことをやり、お叱りを受けた感じですね。

新谷哲:高校時代もやんちゃでしたか?

相浦孝之:高校に入ってやんちゃな部分は薄れましたが、やりたいことが変わってきたと思います。

新谷哲:高校の時のやりたいこととはどんなことですか?

相浦孝之:スキーです。勉強そっちのけで、スキーばかりやっておりました。

新谷哲:スキーは、スキー場でやられたのですか?

相浦孝之:アルペンスキーをやっていて、多い時は、ワンシーズンに100日くらい出掛けていきました。朝に出掛けて帰ってこなかったこともあります。

新谷哲:アルペンということは、滑降や回転とかもやったのですか?

相浦孝之:競技もやりましたが、高校生の時からインストラクターとして教えていたという感じです。

新谷哲:スキーをやられて学ばれたことは、何かありますか?

相浦孝之:忍耐力ですね(笑)。

新谷哲:好きな言葉で忍耐と書かれていますね(笑)。

相浦孝之:スキーは、氷点下10度の中に出ていく心構えがないと出来ないスポーツです。さらにスポーツ全般に言えることですが、上手くいかないこと、少しずつ上手くなっていく過程がすごく面白いです。スキーを経験したことで、20年以上、経営者としてやってこれたと思います。

新谷哲:スキーが、経営者の気構えに重なっているのですね。高校卒業後、お勤めになられていますが、紳士服の企業ですか?

相浦孝之:学校を卒業して、紳士服の大手量販に就職しました。今、アパレルの先端と言ったらユニクロや、しまむらになりますが、当時は紳士服量販店でした。先端の業界に、商売の秘訣が隠れていると考え、就職して学ばせてもらいました。

新谷哲:制服業の原型は、紳士服で学ばれたのですか?

相浦孝之:物の販売の仕方や管理の仕方、利益の生み方などを学ばせてもらいました。

新谷哲:平成12年に、妙高市で独立・起業されていますが、起業に至る経緯をお教え下さい。

相浦孝之:当時のアパレル業界には、ノルマや報奨金がありました。私は周りの同期より何倍と売りましたが、自分の実績に対しての評価が1.1倍、1.2倍と寂しかったです。また独立志向は強かったので、独立のタイミングを常に探していました。

新谷哲:入社して何年目で独立・起業しましたか?

相浦孝之:4年目です。

新谷哲:早いですよね。

相浦孝之:広いところで勝負をしたいと思っていたので、早いほうがいいと思いました。

新谷哲:紳士服の会社でも良い成績を残していらっしゃいますが、営業力は紳士服時代からあったのですか?

相浦孝之:お客さんにものを売るのが好きでした。実は、東京でウォークマンの販売を担当していたこともありました。

新谷哲:ウォークマンというと、電化製品のですよね?

相浦孝之:そうです。昔のウォークマンです。最高で1人で1日400台売ったことがあります。

新谷哲:すごいです。

相浦孝之:ウォークマン1台2万円とかするので、1日で800万円。1人で売りました。物を売ることが本当に大好きなので、商売は自分の天職だと思っております。

新谷哲:すごいですね。なんで400台も売れたのですか?

相浦孝之: 1台1台接客をしても200台売るのが限界でした。そこで、実演販売の手法を取り入れました。1回の接客で10台売れればいい。10回繰り返せば100台、40回繰り返せば400台になりましたが、「そんなのは失礼だ」と接客方法を怒られました。でもお客様は喜んでくれたので「このやり方が認められないのであれば、独立しよう」と思いました。

新谷哲:その後、起業されますが、最初から学生服を扱ったのですか?

相浦孝之:もともとは、婦人服です。3万人しかいない小さな町でしたので、おばさん、おばあちゃんの肌着、靴下、パジャマまで取り扱う15坪くらいのお店です。

新谷哲:学生服を扱われたのは、いつ頃ですか?

相浦孝之:人口はどんどん減り、売り上げもほとんどない状況だったので、色々なことに挑戦しました。社交ダンスのドレスとかユニフォームを販売したり、寝具、お布団なんかもやりました。また、都内から有名なモデルさんを呼んでオーダーメイドの服20万円ぐらいのものを作って販売も行いました。ですが、どんなカテゴリーでもいいので一番になりたいと思い、一番になれると思ったのが制服でした。地元の唯一の高校が制服の自由化がされて、「着るものが無い、自由な制服が欲しい」と注文がございました。私は、「私服の学校ならかわいい私服を着ればいい」と思ましたが、「高校生が一番かわいく映るのは制服だから、制服が着たい」と言われ、心に刺さりました。そこで、どんなものがいいか聞き、オーダーメイドしたのが制服業の始まりです。

新谷哲:そうですか。それは、起業して何年目くらいの話ですか?

相浦孝之:4年目ぐらいだと思います。

新谷哲:その後、制服が無い学校の方々向けの制服作りが順調に伸びていったのですか?

相浦孝之:はじめは、オーダーメイドでしたので大赤字でした。「友達に誰にも言うな」と言い作りましたが、1週間後には友達を連れてきて頼まれました。大変だと思い、小さな制服メーカーさんに「こういう需要があるから一緒にやらないか」と提案することから始まりました。

新谷哲:それからは、順調に口コミで伸びていったのですか?

相浦孝之:それが、人口3万人の町なので、すぐに全員、買ってしまいました(笑)。そこで、当時は早かったのですが、インターネットで販売していきました。ページも自分で全部作って、2年目の3月くらいに120万PVぐらい行きました。

新谷哲:すごいですね。

相浦孝之:びっくりしたのが、新潟の田舎町に「東京からやってきました」「神奈川からやってきました」というお客さんがいたこと。「これだ!」と思い、東京に出る決意をしました。

新谷哲:その後、平成19年に原宿にお店をオープンされます。私も拝見させていただきましたが、びっくりするほどお客さんが訪れていました。みんなそんなに制服って欲しいものなのですか?

相浦孝之:首都圏は、公立も私立も制服が指定されていないところが多いです。そういう人たちが、よく来店されます。よく「学生以外にも色々な人が来るのでしょ?」と聞かれますが、学生さんが99%です。

新谷哲:男子学生も来店されるのですよね?

相浦孝之:そうです。2008年に原宿店をオープンし、2009年に自社ブランドを販売開始した2年後に、「男子用の制服はないのか」という声を聞ききましたので、始めさせていただきました。こちらも、年々も増え続けています。さすがに3月になると原宿のお店が女の子で一杯になりますので、入れないとあきらめて帰る男子高校生が多いです。

新谷哲:それでも、入って来る男子高校生がいるのですよね?

相浦孝之:面白いことで、以前は、お母さんに連れられてモジモジした男子高校生がいましたが、今では、ファッションが好きな男子高校生が女の子をかき分けてやってくる状況になっています。

新谷哲:私の学生の頃では想像が出来ない、驚くような話です。大変人気の御社ですが、原宿以外に今何店舗、出されていますか?

相浦孝之:大阪に1店舗、長野、新潟の本社、常設店は4店舗です。それ以外に3月の新入学時期に15店舗から20店舗ぐらい展開しております。

新谷哲:そうしますと、全国の高校生の皆さんが、このみさんの学生服を着て学校に行っている可能性がありますね。

相浦孝之:遠いところに出張へ行って、うちの学生服を見るとドキッとします。

新谷哲:違う質問をさせていただきます。好きなことは「快眠グッズとお酒」とお答えいただきました。ずいぶん違う2つですが、こちらを選んだ理由はございますか?

相浦孝之:実は、シンクロしています。体の体調を修正、回復するには3つあると思います。食べて回復させる、薬で回復させる、寝て回復させる。この3つです。自然治癒は寝ること、食べることだと思っているので、この2つをきちんとやろうと決めました。そして僕は、お酒というのは、毎日少なからず飲みます。全く飲まなかったら眠れないのです(笑)。そのため、快眠グッズとお酒がシンクロしています。

新谷哲:お酒のところは、私と一緒なのでシンパシーを感じてしまいます(笑)。他にも好きなもので「温泉、ドライブ、ゴルフ」と書かれています。ドライブ好きということは、妙高から車で東京に来られることもあるのですか。

相浦孝之:そうですね。時間制限や荷物を運ぶのが大変なので、車を使うことが多いです。深夜の時間帯を使うと仕事の時間も削られないので、非常に有意義です。車に乗っている時間でボーっと考えるのがいいと思います。年間5万キロくらいは乗っていますね。

新谷哲:すごいですね。それでしたら車も結構乗り換えますね。

相浦孝之:僕の場合、車3台であっちを乗ったり、こっちを乗ったりしています。

新谷哲:そして、座右の銘ですが、「夢なき者に目標なし、目標ない者に計画なし、計画ない者に行動なし、行動ない者に成果なし、成果ない者に幸福なし」と、素晴らしい座右の銘を掲げられています。選ばれている理由は何ですか?

相浦孝之:これは、他社に行っていたとき、柱に掲げられていた言葉です。何かと思って調べましたら、高杉晋作さんの言葉を少し変えたもので、見たときに「これだ」と感じました。順番に見ていくと、夢より大きな目標なんてあるわけない、目標より大きな計画なんてあるわけない、計画より成果が大きいなんてなかなかない、なのでやっぱり夢は大きくもとう、という意味です。周りからは見えないようにしていますが、僕の机の前に貼ってあります。

新谷哲:素晴らしいですね。最後の質問ですが、全国の経営者、もしくは、これから起業する方に向けて、経営者として成功する秘訣をお教えいただけたらと思います。

相浦孝之:僕が考える経営者の成功の秘訣は、「勇気をもってチャレンジしていくこと」です。チャレンジは失敗するもの。なので、余力を残してチャレンジすることが、経営者として成功する絶対条件だと思います。僕も年齢を重ねましたが、周りを見てみると、当時「一緒に頑張って行こう」と言っていた経営者は、少なくなっています。なぜかと言うと、全身全霊100%でチャレンジしてしまう。余力を残さないので、失敗すると何も残らない。なので、何事もうまくいかない。そのため、余力を残してチャレンジするべきだと思います。

新谷哲:余力を残してチャレンジですね。大変勉強になります。相浦孝之社長、本日は、誠にありがとうございました。

相浦孝之:ありがとうございました。

編集後記

制服が無い学校に制服を売るなんて私には想像付かなかったです。それで、全国展開して、事業を伸ばされ、経済産業省にも認められるので、大変びっくりしております。これから、もっと拡がっていくと思います。また、余力を残してチャレンジというのは、冷静でいらっしゃいます。販売力、発想力、冷静で、しかしながらチャレンジして成功している経営者だと感じました。ぜひ皆さまも真似していただけたらと思います。

相浦 孝之 氏
株式会社このみ 代表取締役

母親が経営していた新潟県妙高市内の衣料店を継ぐ。2000年頃から、「なんちゃって制服」の販売が話題になる。2008年に原宿に出店、オリジナルブランドを立ち上げる。パリ、ローマ、ブラジル、中国、韓国などで制服のファッションショーを開き、注目を集める。

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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、相浦 孝之氏(株式会社このみ 代表取締役)の経営者インタビューを取り上げました。

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