成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 今野清志氏(株式会社六方社 代表取締役)

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、今野清志氏(株式会社六方社 代表取締役)です。

今回は、『目は1分でよくなる!』の著者、35万部の大ヒットベストセラーを執筆された、株式会社六方社 代表取締役の今野清志氏にお越しいただきました。中学では柔道で東北大会のチャンピオンとなるほど力が強かったという今野清志氏。様々な経緯から中央大学法学部を卒業後、慈恵医大のアイソトープ科に出向して医学を学ばれます。患者を救うには予防医学が最も大切だということに開眼し、薬を使わない治療法の確立をライフワークとされています。ご趣味では演劇や日本舞踊も嗜まれていたという、多才な今野清志氏の魅力溢れるお人柄を、ぜひ経営者インタビューよりお楽しみください。

新谷哲:今回の経営者インタビューは、『目は1分でよくなる!』の著者であり、35万部も売れているベストセラー作家の今野清志社長です。 まずはご経歴をご紹介します。1953年宮城県生まれ。中学時代は柔道で東北大会のチャンピオンになられています。その後、ヘルニアになり柔道を断念。中央大学法学部に入学後、慈恵医大のアイソトープ科に出向して医学を学ばれて、その後、中国に渡り、独立し、大成功している経営者でいらっしゃいます。よろしくお願いいたします。

今野清志:よろしくお願いします。

新谷哲:それでは最初のご質問です。宮城県ご出身ということですが、小学校・中学校時代はどんなお子様でしたか?

今野清志:小学校から体が大きく、足が速くてスポーツが大好きでした。中学の時に柔道を始めました。なぜ柔道を始めたかというと、親父の酒乱です。何とか親父を懲らしめてやろう、何とか強くならないかんと思いました。親父は元軍隊ですごい力持ちで、村一番の力持ちなので、通常では勝てないのです。そこで柔道を始めました。

新谷哲:そういった経緯なのですね。柔道では、東北大会のチャンピオンになられたそうですね?

今野清志:そうです。おかげで根性ができ、賞金稼ぎと言われるぐらいに頑張りました(笑)。

新谷哲:高校時代も柔道をされたのですか?

今野清志:高校も柔道をやりました。ですが3年生になる前に腰を痛めて、50日間ぐらい入院しました。何とか回復して、大会には出たのですが、優勝はできずに準優勝という経験をしました。

新谷哲:その後、中央大学法学部に入学ということで、頭脳明晰でいらしたのですね。

今野清志:そんなことないです(笑)。

新谷哲:中央大学法学部を選ばれた理由は何かございますか?

今野清志:うちの地元は、社会党の委員長をやられていた佐々木更三さんや有田喜一さんなど政治家が多かったので、政治に興味があり入りました。

新谷哲:では大学時代は政治を勉強されたのですか?

今野清志:政治や法律を勉強しました。

新谷哲:今後、政治家になる予定はございますか?

今野清志:これはありません。政治の裏側をよく知っているので(笑)。

新谷哲:大学時代はどんな学生でしたか?

今野清志:大学1年、2年生では柔道をやりましたが、腰に負担がかかったので止めました。次に興味をもったのが、全く逆方向の演劇です。演出家が面白いのではないかと思い、ドイツに留学するつもりでいろいろ勉強しました。

新谷哲:知らないことが出てきてびっくりしています(笑)。演劇というと、演劇部ですか?

今野清志:演劇部じゃないですが、昔から小説が好きで本はたくさん読んでいました。それから歌舞伎や松竹新喜劇、舞台などが好きでした。それと、親戚が東京におりまして、「感想文を書きなさい」と言ってよく本を送っていただきました。その中でドイツの文学があったので、ドイツ語も含めて少し勉強していこうかなと思いました。

新谷哲:想定外の新しいお話ばかりですね。プロフィールには演出や演劇の道には進まれず、慈恵医大のアイソトープ科に出向して医学を学ぶ、と書いていますが、柔道でもなく政治でもなく演劇でもなく、なぜアイソトープなのですか?

今野清志:ドイツへの留学が決まっていたのですが、一緒に飛び立つ予定のドイツ文学の先生が心臓病で倒れてしまいました。ドイツ留学は先生と一緒にと思って企画したものだったので、留学は中断しました。そこでアイソトープの研究室に縁があって、滑り込みました。

新谷哲:そうですか。そのアイソトープというのはどういう意味ですか?

今野清志:アイソトープは核医学です。ラジオアイソトープといって放射性同位元素を使う検査方法です。当時としては珍しいというか、ありませんでした。新しいものだから、古い先生方は分からないのです。分からないから教わりにくる、という感じでした。

新谷哲:今野清志社長は、研究員として入られた感じなのですか?

今野清志:そうそう。

新谷哲:大先生達に教えているという感じですか?

今野清志:そうですが、逆転していますね(笑)。知識が違うからですが、それで色々な病院に入りました。するといろんな科があって、科によって全然違う。研究熱心な科もあれば、不熱心な科も、いろいろあります。

新谷哲:その後、中医学に出会われて中国に渡られるのですが、慈恵医大を辞めたのですか?

今野清志:そうです。なぜかというと、病院で働いていると、いくら検査しても、原因は分かるのに治す方法がないものがあります。自問自答して、これじゃ駄目だなって思いました。その時に中医学の先生と出会って、私が施術を受けたのです。その時「手技でこんなに体が楽になるものがあるものか!薬を出しても効かないのに」と衝撃を受けました。後で聞いたら、中国の中医学でした。病院にいると患者が何万人も来ます。しかし患者は治せない状態だから病院に何度もくる。それで予防したほうが良いのではないか、予防医学が良いのではと思い、中国に勉強しに行ったのです。

新谷哲:中国には何年ぐらい行かれたのですか?

今野清志:当時、日本と中国に国交がありませんでした。それで中国の共産党の幹部に保証人になっていただいて、受け入れていただきました。会話はほとんど筆談ですよ。

新谷哲:中国語の筆談ですか?

今野清志:もう全然、中国語ができませんでした。中国語が出来なくて、「あなた、中国語を勉強しなさい」と言われて、筆談です。

新谷哲:中国にはそれで何年住んだのですか?

今野清志:住んだというよりも何度も行き来しました。

新谷哲:行き来をしていたのですね。

今野清志:やっぱりビザを取るのが大変なので、何度も行きました。

新谷哲:その後、独立し、経営者となったのですか?

今野清志:そうですね。

新谷哲:独立して経営者となったきっかけは、もう勉強できたから独立しよう、みたいな感じでいらっしゃったのですか?

今野清志:やっぱりこれは、人にも知らしめたほうが良いと思って、それで独立をしたのですね。

新谷哲:その時はもう、いろんな人を予防医学で治せるという自信があったのですか?

今野清志:8割ぐらいの病気は中医学で治せますが、当然、医科学も必要です。その場合は紹介状を出して西洋医学に診てもらうという、両輪でやらせていただきました。一番良いのはやっぱり患者さんにとって良い方法を選択できる点です。

新谷哲:今では大変多くの患者さんが、今野清志社長をお訪ねになると思います。そのきっかけの1つに『目は1分でよくなる!』という本があります。これが35万部を超える大ヒットベストセラーなのですが、本当に目は1分で良くなるものなのですか?

今野清志:1分というのは、1カ所1分です。1分という時間は、短いようですごく長いです。だから私が本の中で紹介しているのは、さすったり、叩いたり、押したりといった、人間が本来持っている行為の一部をやるだけものです。身体ってすぐ刺激に反応するのですが、それがすごく良いのです。なぜ目を主題に出版したかというと、治療していた患者さんに、眼鏡をかけているのにドアにぶつかる方がいました。その患者さんを見て「どうしたの?」と聞くと、「実は目が見えない」と言われました。それが一番のきっかけです。その患者さんは、難病と言われる網膜色素変性症でした。いろんな有名な病院を回遊しても駄目。私も専門ではなかったから紹介状を書いたのですが、それも駄目。最後にはフレームの高い眼鏡、5万円ぐらいの眼鏡を買わされて戻ってきました。

それでもうカチンときて、「それじゃあ自分がやってやろう」と始めました。その時期に、熱鍼という、熱でちょっと刺激する機器の相談をメーカーから受けていたのですが、それを見た瞬間に「これは目だ!」と機器を借りてすぐその患者さんを呼びました。そうしたら、1回の施術で、患者さんが「先生、あれ時計?」と、5メートルぐらい離れた時計を指差しました。これは私も全く信用できず、「嘘だろう、1回でそんなに見えないだろう」と、私のほうが驚きました。もちろん患者さんも「何で今までずっと苦しんできたのだろう、何をやっていたのだろう」と驚いていました。それで「よし、これ本格的にやってやろう」と思いました。

患者さんを、中国の私が提携している病院に連れて行って、それで5回の施術で0.5まで回復しました。元の視力が0.01以下で、0.5まで改善したのです。それで「これはもう広めないと駄目だろう。そんなに難しくもなく、体に負担がかからないのだから何とかしよう」と決めました。それでいろいろ体系化して、何とか日本に広めていこうと思い、たまたま本があって、今までの実績を入れて出しました。

新谷哲:来院する患者さんも多くなり、多くの患者さんを助けていると思うのですが、御社が今、事業の中心としていることは何ですか?

今野清志:今は目と耳の両輪でやっています。目は一生大事に使いますが、知らない間に悪くなるケースがあるので、私どもがやっている新眼科ドックをご利用いただいています。これは吉祥寺にある眼科の先生と組んで、西洋医学的な科学的な検査と、中医学的で予防することの両方を入れた検診です。検診の他には、今は眼鏡が非常に増えてきているので、健康眼鏡など、身体に良い健康グッズを考案して紹介しています(笑)。

新谷哲:皆さん、通ってみていただいて、検診を受けていただければと思います。別の質問をさせていただきます。好きなことは「旅行・茶道・ダンス・日本舞踊」とお答えいただきましたが、日本舞踊は演劇からの流れでお好きになったのですか?

今野清志:おふくろが日本舞踊をやっていて、それを見て、良いなと思いました。

新谷哲:今も踊られるのですか?

今野清志:残念ながら、時間が取れないです。

新谷哲:そうですか。今野清志社長の日本舞踊を見てみたかったです(笑)。ところで、座右の銘は「自分の役割を果たす」ということです。大変真面目な座右の銘ですが、これを選ばれた理由は何かございますか?

今野清志:小学校6年生の時に黒板に「自分の役割を探せ」とか書いてあり「あぁ、そうなんだ」と思って、ずっと心に残っています。事業などを色々やっていますが「自分の役目は何だ?」と思っています。自分は「この役割が良いのか?」という形で、ずっと生きてきました。

新谷哲:小学校6年生で座右の銘を決めるというのはすごいです!やっぱり聡明でいらっしゃいますね。

今野清志:いえいえ(笑)。

新谷哲:最後のご質問ですが、全国の経営者向け、もしくはこれから起業する方に向けて経営者として成功する秘訣などをお教えいただけないでしょうか。

今野清志:たくさん失敗することです。なぜかというと、良い時には、必ず悪い人達が近づいてきます。私はそれでマイナスにされた経験があります。どこから聞いてくるのか知らないけど、色々人が近づいてきます。目に見えない部分に、力をやってしまうと失敗が起こりやすいので、「自分はこれを本業にしてまず柱を作る」と地盤をがっちりつけるのが良いと思います。

新谷哲:まずは自分の柱を1本きちんと立ち上げることが大切で、いっぱい失敗もしても良いということでいらっしゃいますね。

今野清志:そうです!

新谷哲:私もいっぱい失敗したいと思います。今野清志社長、本日はどうもありがとうございました。

今野清志:ありがとうございました。

編集後記

新谷哲:今野清志社長のお話を聞いて、そんな過去があったのか、歴史があったのかと驚いています。施術のプロでいらっしゃいますが、西洋医学とは違う方面から施術にいき、『目は1分でよくなる!』という大ベストセラー作家になるという、素晴らしい経歴だと感じています。もうベストセラー作家なので「それほど施術をやらなくても良いのではないか?」と思いまして、インタビュー後に聞いてみると「いや好きなんだよね」とおっしゃっていました。さすが今野清志社長です。まさに今を生きており、かつ素晴らしい経営者だと深く感銘を受けました。

今野清志 氏
株式会社六方社 代表取締役

1953年、宮城県生まれ。中央大学法学部卒業後、慈恵医大アイソトープ科にて医学を学ぶ。当時日本初のRIの血液検査を紹介するかたわら、予防医学の重要性に気づき、薬を使わない治療法の確立を目指すようになる。その後、中国北京国際針灸倍訓中心結業・中国中医研究院で研修などを行なう。30代から整体治療院を開業し、これまでに15万人以上の目や身体の健康を治してきた。著書に、『目は1分でよくなる!』、『耳は1分でよくなる!』などがある。

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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、今野清志氏(株式会社六方社 代表取締役)の経営者インタビューを取り上げました。

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