成功経営者インタビュー

経営者インタビュー 田中真史氏(バルテス株式会社代表取締役社長)

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、田中真史氏(バルテス株式会社代表取締役社長)です。

ソフトウェアテストのプロ集団が社会に必要になると実感し、バルテス株式会社を起業。上場を目指して順調に業績拡大をしておりましたが、リーマンショックの影響で上場の計画は白紙に。その後、給与カットや営業活動など、地道な努力を続け業績を回復させ、2019年5月にマザーズ上場を果たしたエピソードから、経営のヒントが得られます。ぜひ、田中真史社長のインタビューをお読みください。

新谷哲:今回の経営者インタビューはバルテス株式会社の、田中真史社長です。まず経歴のご紹介をします。1962年、大阪府生まれ。高校卒業後、中小ソフトハウスに就職。4年間、SE/PGとして従事。その後、2年間フリーランスのエンジニアとして仕事をした後、最初の起業を経験。共同経営者の方向性の違いから辞任し、1990年に2社目となるソフトウェア開発会社を企業。約15年間の経営の後、後身に事業譲渡。ソフトウェアテストのプロ集団の必要性を実感し、2004年にバルテス株式会社を設立し、代表取締役社長にご就任。2019年5月には東証マザーズに上場されている社長です。本日はよろしくお願いします。

田中真史:よろしくお願いします。

新谷哲:最初のご質問です。ご出身は大阪ですか?

田中真史:そうです。

新谷哲:小学校・中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

田中真史:小さい頃は貧弱でした。小児喘息を患っていて、ガリガリの病気がちな弱い子供でした。

新谷哲:では、あまり運動はされなかったのですか?

田中真史:そうですね。小学校低学年の頃は、運動するとすぐゼイゼイとなり、学校もよく休んでいました。

新谷哲:中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

田中真史:中学校時代は喘息が治ったと思いサッカー部に入部しましたが、ゼイゼイするため3か月で辞めました。

新谷哲:では、勉強をよくされていたのですか?

田中真史:勉強も得意ではありませんでした。

新谷哲:高校は大阪ですか?

田中真史:はい。大阪の私立高校です

新谷哲:高校時代はどのようにお過ごしになられましたか?

田中真史:高校では運動部に入れるまでになりました。体が弱くいじめられっ子だったので、克服するため柔道を始めます。1年で初段、黒帯を取るまでやり遂げ、健康優良児として学校で精勤賞をいただきました。

新谷哲:卒業後は、エンジニアの道に進まれたのですか?

田中真史:そうです。

新谷哲:その時代では先進的ですが、エンジニアになった理由はございますか?

田中真史:高校は電気系の工業高校でした。1年の時は電気の関係の基礎的な勉強をし、2年生からは各学科に入ります。当時は「電子工学科」が人気で1クラス60人~70人くらいでした。それに対し「情報処理科」は全く人気が無く、1クラス37名からスタートでした。ゆったり学べると思い、電子工学科に行くのを止め、情報処理科に行ったのがエンジニアになるきっかけです。親に「大学に行くか、就職するのか?」と言われましたが、家庭の事情も考慮し、就職を選びました。情報処理科では「COBOL」や「Mahout」という言語などを学び、その技術を生かそうと思い、プログラマーとして働くために就職します。

新谷哲:なるほど。今のバルテス株式会社の原型は、高校時代の情報処理科なのですね。先進的ですし、当時は少なかったのですね。

田中真史:高校1年生の時は、情報処理科に人は入ってきませんでした。高校2年生からはガラッと景色が変わり、大人気の科目になりました。そのくらい変換期だったので、すごくラッキーでした。私がコンピューターの会社に行きプログラムを作っていると親戚に言うと「それは何だ?そんな凄い事やってんのか」とコンピューターは雲の上のものという見方でした。

新谷哲:インターネットが始まる前ですか?

田中真史:始まる前です。学校に置いてあったコンピューターが1億円し、メインメモリが15KBという、今から考えるとあり得ない状態でした。

新谷哲:そんなにしたのですか!?

田中真史:はい。学校にエアコンは無かった時代ですが、コンピューター室は冷暖房完備で、常に21度に温度コントロールされた中での実習で快適でした。

新谷哲:凄いお話ですね。高校生の時からインターネットが普及すると予想されていたのですか?

田中真史:全くしていませんでした。当時ネットワーク自体が無く、社会人になりしばらくしてから、ようやく一般の電話回線を使ったパソコン通信が普及します。そのため、ここまでインターネットが普及するとは想像もつかなかったです。

新谷哲:なるほど。その後、中小ソフトハウスに4年間お勤めになった後、フリーランスのエンジニアとして2年間お仕事をされますが、4年でフリーランスになった理由はございますか。

田中真史:他社の先輩に「フリーランスになったらもっと給料がもらえるよ」と言われ「自分もやってみよう」と思いフリーランスになりました。すると給料は3倍に増えました。

新谷哲:それは「時代」ですか?

田中真史:「時代」ですね。今だとそこまで貰えません。

新谷哲:そうですよね。4年でフリーランスになるのは、度胸が必要でしたか?

田中真史:企業家の家系に生まれ、祖父は自動車修理工場で成功し、父は鉄鋼商で鉄骨の骨組みを作る事業で成功していました。そのため独立に対しての恐怖心や不安感は全くなく、抵抗はありませんでした。

新谷哲:では、起業して経営者になろうという思いは昔からありましたか?

田中真史:いずれ「経営者になるぞ」と思っていました。最初に入った会社は小さなソフトハウスだったので、乗取ろうかと思ったくらいです(笑)。しかし、同族企業だったので「これは無理だ」と思い、起業のため早く資金を調達し貯めようとフリーランスになりました。

新谷哲:その後、共同経営者と最初の起業をされますが、何人でしたか?

田中真史:2人です。フリーランスをやっていた時に、たまたま最初の会社の先輩と現場で知り合い「一緒にやらないか?」と誘われ「やりましょう」と一緒に起業しました。

新谷哲:最初の起業の業種は何ですか?

田中真史:ソフトウェアの開発です。25歳の時でした。

新谷哲:それは受託のパターンですか?

田中真史:はい。今で言う、「オフコン」と言うオフィスで使うコンピューターの仕事と、当時は「パーソナルコンピューター」と言っていたパソコンの仕事を受託でやっていました。

新谷哲:その後、方向性の違いからお別れされたとのことですが、どのような違いがありましたか?

田中真史:オフコンにするかパソコンにするか、という方向性の違いです。ようやくパーソナルコンピューターが「PC」と言われるようになり、私は「パソコンの時代が来る」と思い、軸足を移したほうがいいと考えました。しかし、当時はオフコンが伸びていたので、先輩は「オフコンで行きたい」と見解の相違が出てきました。その為、「パソコンのシステムを使ったソフト会社を作り起業します」と別れることになりました。

新谷哲:それで2社目の起業という事になりますが、15年間はパソコンのシステム開発をしていらっしゃったのですか?

田中真史:はい。

新谷哲:それは、ソフトウェアの受託ですか?

田中真史:受託もそうですし、SESのようなことも両方やっていました。当時の派遣法はあまり整備されていなく、委任契約のようなものでした。

新谷哲:なるほど。15年後に事業譲渡で会社を後進にお売りになっていますが、なぜ売却をされたのですか?

田中真史:後輩と一緒に設立し、15年やっている中でお互いのやりたいことが出てきて、意見の対立が生まれたからです。当時、ソフト会社で品質問題をたくさん抱えていました。解決する為にエンジニアに「テストを十分しないと納品後にトラブルなるので勉強しなさい」と働きかけました。しかし、開発部のエンジニアは開発のプログラム作りや、システム設計、新しい言語などは一生懸命勉強しますが、テストはどちらかと言うと「嫌い」「やりたくない」という人が多かったのです。その為、品質は向上せず、問題が解決しませんでした。問題を解決するために「テスト専門のプロ集団をつくらないと」と、第三者テスト機関の必要性を感じ、今の会社を起業しました。開発面にいる人はテスト嫌いですから、そのままテスト会社にすり替えることが出来ません。その為事業譲渡し、新たに起業をしました。

新谷哲:なるほど。バルテス株式会社は最初から上場を目指していましたか?

田中真史:そうです。大阪商工会議所でベンチャースクールという経営者を目指している人向けのスクールがあり一年間で35回か36回のコースに参加しました。ベンチャースクールでは「将来IPOを目指しましょう」という内容で、ファイナンスや、知的所有権、民事、刑事など、一連の講座を学びました。そこに一緒に参加していた人とパートナーになり、一緒に会社を設立しました。なので、最初から上場を目指して起業しました。

新谷哲:共同経営をされる方は少ないですが、3社とも共同経営にされた理由はありますか?

田中真史:特に理由はなく、たまたまの流れです。意図的ではありませんが、3社目も共同経営者のパートナーが途中で退任し、結果一人になってしまいました。

新谷哲:共同経営で成功している社長さんは少ないと思います。共同経営者と上手くやっていく、ノウハウや注意点などのアドバイスはありますか?

田中真史:仰るように、成功していないから別れてしまいました。やはり難しい所はありますが、どうジャッジをするか明確にしておくことは大切です。今の会社の時は、必ず最終ジャッジは私がすると約束していました。すると相手側から不満が出てきて、出て行ってしまいました。起業するのでしたら1人がいいと思います。

新谷哲:ありがとうございます。上場するまでに、苦労したことはありますか?

田中真史:山あり谷ありでした。2003年の12月に、テスト業界初の上場会社がマザーズ上場し、第三者テストや検証機関が注目されます。弊社は2004年の4月に設立し、世の中に認知され始めたタイミングでした。1年目が年商5,000万円弱、2年目が2億3000万円、3年目が5億3000万円、4年目が10億円と順調に来ていました。ですが、順調すぎると何かが起こるのです。弊社の場合はリーマンショックでした。リーマンショックにより、途中まで進めていた上場準備が、一旦クローズしてしまいます。そこから立て直し、2年~3年後にようやく主幹事証券会社さんにお願いし、再スタートを切りました。

新谷哲:なるほど。2008年辺りがリーマンショックなので、設立の4年後に今のコロナショックの様な状況に直面したのですね。

田中真史:コロナよりもひどかったです。当時はどちらかというと製造業さんの製品に組み込まれているソフトのテストが多かったのです。リーマンショックで製造業がことごとくダメになり、とてもダメージが大きかったです。その為、拡大していた事務所もまとめ、様々なリストラクチャリングを行いました。人的な面では、業績は伸びていたので無理して採用していましたが、レベルの低い人たちが契約終了になりました。当時の経験があるので、まずは資金的な余裕を持つこと、人選の選別は大切だと感じます。幸い上場もでき、今はリーマンショック時よりすごく気持ち的に楽です。

新谷哲:現在では、製造業以外でも、ゲームなどのさまざまな分野でテストの需要がございますが、御社ではおこなっていますか?

田中真史:弊社はゲーム、パチンコスロットなどの遊戯系はやっていません。組み込み系、WEB、スマホ系や、業務で使う巨大なシステムなど幅広いドメインでやっています。特に最近伸びが大きいのは、エンタープライズという業務や機関系のシステムなどの大きなシステムの需要が来ています。今後はさらに伸びていく傾向にはあるかと思います。

新谷哲:アフターコロナでは、DX(デジタルトランスフォーメーション)化が加速すると思われます。御社はさらに分野が広がっていくと思われますが、どのようにお考えでしょうか?

田中真史: DXで言うと2025年の問題というものが有ります。今、レガシーのシステムを面倒見てきた方々が引退をされる時期に差し掛かっています。それまでに新しいアーキテクチャーを基に作り変えるなどこの5年位でやっていかなければいけません。それが経済産業省のDX推進、「IT投資をして生産性上げなさい」というところと重なってしまいます。今回コロナの影響で、助成金の申請システムが動かないなど、たくさんの問題が起こり、行政のIT化の遅れがあらわになりました。今後は、品質にもフォーカスされるでしょうし、行政のIT化に予算をつけてやっていくべきだと気が付いたはずです。さまざまな事がこの数年でやってくると予想できるので期待しています。

新谷哲:行政のオンライン化は実際7.5%しか進んでいないので、御社は伸びられると思います。ここからは違う質問をいたします。好きなもの好きな事を事前にお聞きしております。奥様との旅行がお好きという事で、家族思いで大変すばらしいです。毎年、旅行されていますか?

田中真史:はい。大きな旅行を年2回、ちょっとした旅行を数回行きます。ハワイのオアフ島が特に好きで、趣味は「奥さん」と皆に触れこんでいます。

新谷哲:私は社長さんとばっかりお付き合いしていますが、趣味は「奥様との旅行」とお答え頂いたのは初めてです。本当に素晴らしいです。座右の銘もお聞きしておりまして「鶏口となるも牛後となるなかれ」とのことです。史記が由来のものかと思いますが、選ばれた理由はございますか?

田中真史:巨大な組織の一つの歯車としてではなく、小さな組織でも、頭脳になり、コントロールできる事の方がいいと思い、そこを目指してやってきました。小さくても起業し、経営者になろうとやってきて今があります。その為、「鶏口となるも牛後となるなかれ」が座右の銘になりました。

新谷哲:ありがとうございます。次の質問になります。全国の経営者様、これから起業する方に向けて成功の秘訣をお教えいただけますか。

田中真史:弊社の行動指針は8個あります。その中の一つに「何事にも興味を持ってチャレンジすること」というものがあります。今の会社の「テストのプロ集団をつくろう」これもチャレンジです。プロ集団をつくるためには、そこに欠かせない教育や研修カリキュラムが必要ですが、これもチャレンジです。弊社と前の会社の違うところは、教育に力を入れていることです。新卒、未経験、中途の社員すべてのエンジニアに、同じ教育を施しています。バルテス流のやり方を、バルテスメゾットと言っているんですが、それを十分に浸透させて、広げていこうとしています。「チャレンジし、達成する」ことを心がけてやるのが一番いいのかと思っています。上場も一回はリーマンショックで駄目でしたが、目標としていたので再チャレンジしました。あきらめない気持ちが必要です。

新谷哲:ありがとうございます。経営者インタビューをお読みの方にも「あきらめないでチャレンジしよう」と思って頂けたのではないかなと思います。田中真史社長、本日はどうもありがとうございました。

田中真史:ありがとうございました。

編集後記

今回はバルテス株式会社の田中真史社長でした。諦めずチャレンジし続け上場を果たし、さまざまな事を経験しているベテランの経営者ですので、私もまねしていきたいです。DX時代に本当に必要な企業を作り上げた、先見性たるや大変すばらしく、注目です。皆さまもぜひ、チャレンジし続け、田中真史社長のように成功社長になっていただければと思います。

田中真史氏
バルテス株式会社 代表取締役社長

高校卒業後、エンジニアとしてのキャリアをスタート。2度の起業を経験し、IT業界の現状に風穴を空けるべく2004年、3社目になるバルテス株式会社を起業。リーマンショックによる業績悪化、上場白紙を「あきらめない地道な努力」で、わずか1年で黒字へ回復。日々の暮らしを守るソフトウェアテストの専門会社としてプロ集団を育成し、日本品質を世界へ発信。2019年5月にマザーズ上場し“令和初の上場企業”として注目を集めている。

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本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、田中真史氏(バルテス株式会社代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

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