経営者インタビュー 早川周作氏(SHGホールディングス株式会社 代表取締役) Vol.1

経営者インタビュー 早川周作氏(SHGホールディングス株式会社 代表取締役) Vol.1

「社長に聞く!」経営者インタビュー 〜活躍する現役社長に、経営者としての半生をお聞きしました!

本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、早川周作氏(SHGホールディングス株式会社 代表取締役)です。今回は、SHGホールディングス株式会社の代表取締役 早川周作氏にお越しいただきました。大学在学中20代前半から、学生起業家として数多くの会社の経営に参画して活躍。その後、元首相の秘書としての経験を積みながら、現在は「日本のベンチャーを育てる」という意志のもと、日本最大級の経営者交流会を全国で主催されています。著書として『人生が変わる!「夢・実現力」』『小さい夢から始めよう。』などがあり、幅広い事業を展開し、大活躍中の経営者です。華やかな経歴を持ちながら「地道に勝る王道なし」と語る早川周作社長の経営者インタビューです。大変聞きごたえのある内容となっております!

(2017年10月配信)


 

新谷哲:今回の経営者インタビューは、早川周作社長です。まずは経歴をご紹介させていただきます。大学受験を目前に家業が倒産し、お父様が蒸発。アルバイトで学費を納め、明治大学法学部に進学。学生起業家として数多くの会社の経営に参画。その後、元首相の秘書として2年間勉強し、28歳で国政選挙に出馬。次点で落選後、経営者に戻ってからは日本最大級の経営者交流会を全国で開催。弁護士・行政書士・公認会計士・税理士・社労士・その他の専門家と連携して、約90社のベンチャー・法務・財務・営業支援などを指揮され「日本のベンチャーを育てる」ことを原点に活動されています。本日はよろしくお願いいたします。

早川周作:よろしくお願いします。

新谷哲:最初のご質問ですが、ご出身は秋田でしょうか?

早川周作:秋田県の秋田市でございます。

新谷哲:秋田県の秋田市。小学校・中学校時代はどんな幼少期をお過ごしになりましたか?

早川周作:小学校の時はバスケットボールにはまっておりまして、熱中しました。中学では、あまり何と言いますか…良い学校ではなかったものですので、多少、道を外れました(笑)。それで、実は受けた高校を全て落ちてしまいまして、なんと高校どこも行けずに一度働いて、そこから夏ぐらいから猛勉強をして何とか秋田の地元を離れて、千葉の進学校に滑り込みました。

新谷哲:そうだったのですね。

早川周作:実は高校浪人を経験し、中学生から人生を挫折しています(笑)。

新谷哲:中学時代は不良のような感じですか?(笑)

早川周作:不良と言いますか、非常に人と同じことをするのが苦手でした。今でもそうかもしれませんが(笑)。

新谷哲:早川周作社長らしいと思います(笑)。

早川周作:ありがとうございます。

新谷哲:高校時代はどんなことをして過ごされたのですか?

早川周作:高校は「秋田の方々を見返そう」という思いが非常に強くなりました。特に中学校の頃に後ろ指を指してきた皆様方に、僕が国立の医学部とかに進学することによってそれを見返せるのではないかと思いました。そこで自衛隊や刑務所よりも厳しい、と言われる寮生活を送りました。ですから、高校時代は寮生活と予備校通いです。それと集団生活を通して、自分が社会でどうあるべきなのか、を教え込まれた3年間だと思います。

新谷哲:その後、明治大学の法学部という、明治大学の中でもトップクラスの学部にすすまれていますね。

早川周作:とんでもないです。これ夜間の学部ですからね。

新谷哲:何か明治大学を選ばれた理由はございますか?

早川周作:実は高校3年生3の1月15日にセンター試験が終わって、親と連絡がつかなくなりました。その後、1月30日に母親が連絡ついたのですが、突然泣きだして「親父が会社を潰して蒸発をした」と言われました。そこですぐ秋田に戻ったら、ガラスは割られていたり、差し押さえの紙を貼られている。当時は闇金や商工ローンが無礼講している時期でして、市や行政に相談しに行っても「お前らなんて住む所も食べる物もなくていいんだよ」と言われたものです。それで受験を諦めざるを得なくなったのですが、弁護士の先生に助けていただきました。僕は弁護士の先生に「本当に困った人を助けられる先生のような法律家になれますか?」と伺いましたら、「お前は目が違うからなれる」と、非常に勘違いをする言葉を言われました(笑)。それで東京に出てきて、自転車で予備校に通いながら、一番安く法律が勉強できる大学が、明治大学の夜間の法学部でしたので、そこ選びました。なので、明治大学に対しては全く思い入れがなく、学費が安い以外の志望動機はありません。

新谷哲:紆余曲折の困難を突破できる力があるのは、さすが早川周作社長らしいですね。

早川周作:いやもう、踏んだり蹴ったりでございます(笑)。

新谷哲:大学時代は学生起業家として活動していますが、どのような学生時代を過ごされたのですか?

早川周作:大学1年生の時に、将来は法律事務所だとか法律に関わる仕事をしていきたいと思い、入学式から六法全書を持ち歩いていました。すると、たまたま席の後ろの女の子が「今度、弁護士と食事に行くんだけど、一緒に行く?」と言いました。私は勘違いして、「この女の子は私に気があるのか」と思ったのですが(笑)、本当に法律事務所を紹介されて、大学1年生の5月から新銀座法律事務所というところで働くことになりました。

大学1年生はその法律事務所で、民事再生・会社更生法・競売といった、事業会社に必要なことを勉強します。大学3年生でこの法律事務所と関係がある大学教授から、約5000万円を調達して、不動産の競売事業とおにぎり屋をスタートしたのが経営者としての原点です。

新谷哲:では、競売事業が早川周作社長の経営者としての最初の事業だったのですね。

早川周作:そうです。当時は競売で不動産が市場価格の半値ぐらいで買えた時代でした。いわく付きの不動産を落として、それをまっさらにして流す。そんな事業が経営者としての原点です。

新谷哲:相当、儲かったのではないですか?

早川周作:社員数は280名ぐらいまで膨らんで、20億円~30億円は借入できる環境にはありましたが辛かったです。借金で個人保証もついて、夜10時ぐらいに営業が帰ってきて、そこから営業を大変恐縮ながら懲らしめました。その後、食事に行って、遊びに行って4時か5時でなる。サウナに行ってから2~3時間寝て、朝8時半から会議をする、といった生活です。創業から2年半で急性胃腸炎・胃潰瘍・帯状疱疹など、ストレス性の病気に全部かかりました。やってしまった感じです(笑)。

Vol.2へ続く

 

[プロフィール]
早川 周作 氏
日本リーディング総合法務事務所所長
一般社団法人アスカ王国青少年自立支援機構理事

1976年12月17日、秋田県生まれ。明治大学卒業。元首相秘書。現在は80社以上の顧問会社を持つ総合法務事務所を経営するとともに、日本最大の規模を誇るベンチャー企業交流会「ベンチャーマッチング交流会」を主催。さらには、自身のさまざまな経験を活かし、夢を持てなくなってしまった人へのサポート活動にも力を注いでいる。2009年9月には個人向け夢実現プロジェクト「夢のカタチはひとつじゃない」をスタート。

 

本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。

今回は、早川周作氏(SHGホールディングス株式会社 代表取締役)の経営者インタビューを取り上げました。

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