50歳を超えてメジャーを制したフィル・ミケルソン

本コーナーでは、2021年10月に出版された、吉田洋一郎氏の著書「PGAツアー超一流たちのティーチング革命」から、会社経営やビジネスシーンでも応用できるよう、著者自身が一部抜粋・再構成した記事をお届けします。

50歳を超えてメジャーを制したフィル・ミケルソン

 熟年と言われる年代の50歳を超えて、2021年6月開催の全米プロゴルフ選手権を制して世界中を驚かせたのが、フィル・ミケルソンです。2004年マスターズで33歳にしてメジャーを初制覇、2021年10月現在、メジャー通算5勝を記録したことになります。

 ミケルソンはロブ・ショットを得意とする感覚派として認識されていますが、非常に合理的な側面も持っています。これまでのキャリアで5人のコーチに師事していますが、その時々でもっとも自分が求めるものを見極め、コーチを選んできていることにそのロジカルな面が表れています。

 ミケルソンは右利きですが、右打ちの父親のスイングを対面で見ながら練習したことで左打ちになったというエピソードは有名で、彼の最初のコーチは父親ということになります。

 プロ入り後、コーチを務めたのはリック・スミスです。スミスはかつてジャック・ニクラウスのスイングチェックを行っていたこともある有名コーチです。レッスンに科学技術や情報処理技術が取り込まれる前の世代のコーチですが、大学時代はコーチに教わることに抵抗があったというミケルソンを巧みなコミュニケーションスキルで指導しました。

 次に、かつてNASAの科学者だったデーブ・ペルツをパッティング・コーチに招聘しました。実験と検証を重ねる理論派のペルツのレッスンは、感覚を重視するミケルソンにとって革命的なティーチングスタイルとなりました。

 パッティングのスピードとカップインの相関の確率を実験しながら最適なパッティングを考えていくというロジカルなティーチングでした。

 理論のペルツと感覚のミケルソン。一見、相性が悪いように思えます。しかしミケルソンはあえて自分に足りなかった理論的な部分の肉付けを行うことで、自分の限界を越えようとしたのです。この点がミケルソンが非常に合理的な選手だと言える点なのです。

感性と理論を融合させる

 プロゴルファーとしては日の目を見ることはありませんでしたが、ユニークな経歴からコーチとして成功したのがデーブ・ペルツです。彼はインディアナ大学のゴルフ奨学生で、物理学の専攻でした。同年代のジャック・ニクラウスと学生時代に22回対戦したことがありますが、残念ながら1度も勝てませんでした。大学卒業後にプロゴルファーの道には進まず、NASAで働きはじめました。

 そのような人物がゴルフのティーチングの世界に入ってきたわけです。私から言わせれば、

これは大革命です。当時の指導者のセオリーからすれば、それなりのゴルフの経歴がある人やプロゴルファーが指導者になるというのが一般的でしたが、プロゴルファーの経験がない人がゴルフティーチング界に入り込んで来たのです。まさに変わり種なのですが、物理学の素養を活かしてゴルフに関するさまざまなデータを取り、科学的に分析することで、ペルツはゴルフをロジカルで科学的なスポーツに変えてしまいました。だからこそ、フィル・ミケルソンはペルツを頼ったのでしょう。

ペルツのすごさはそれだけではありません。科学的データに基づいたゴルフ理論を本にして、それが1999年のニューヨーク・タイムズのベストセラーにランクインしたのです。分厚い辞書ほどの重厚感がある本ですが、そこには、彼の専門領域としたパター、アプローチ、トラブルショットについて詳細に分析した情報が詰め込まれています。

スイングについては専門外のため、取り上げられてはいませんが、物理学的に計測できるパターなどの研究から新しいパターまで開発しています。

 有名選手を指導した実績があるとか、ゴルファーとして名を知られていたというのならわかりますが、理論だけをぶら下げて、科学的なアプローチで一気に有名になったのです。

 ミケルソンを指導したことで名を挙げたのではなく、その指導法が一般に知られるようになったことで、ミケルソンが指導を仰いだというのも興味深いところです。

 ミケルソンはペルツの指導により、見事な結果を出すことができました。それまでミケルソンはメジャートーナメントで勝利がなかったのですが、2004年のマスターズで念願の初メジャータイトルを獲得したのです。まさにペルツの理論をミケルソンが実証したことになります。理論が実戦で証明されたというのは、そこに揺るぎない再現性があるということです。逆に、実績をもとに理論を後付けしたものだと、その人にしかできないかもしれず、再現性を担保することができません。確立された理論があり、誰が行っても再現できるなら、その信頼性は絶大です。

ライバルの存在が自分の可能性を広げる

 ペルツとミケルソンが組みはじめた2000年頃、PGAツアーはタイガーが活躍しはじめ、ゴルフはパワーゲームに変わっていきます。練習で球数を打てばいいという時代ではなくなり、フィジカルトレーニングを採り入れ、科学的なアプローチをしないとタイガーには勝てないという時代に変わっていきます。

タイガーが躍進したことでミケルソンに火がついたのだと思います。5つ年下の若者が突如として現れてメジャートーナメントで勝ったと思ったら、その後も勝ち続けている。

30歳を過ぎてなりふり構っていられなくなったことも、ペルツに教えを請う理由の1つだったのかもしれません。しかし、ペルツとのコンビで、見事に2004年のマスターズで優勝を果たすのです。

 タイガーという存在がなければ、ミケルソンは自身のゴルフスタイルをレベルアップしようとしなかったかもしれません。タイガーの出現により、「どうしたらタイガーのように勝てるのか」と真剣に考えはじめたというわけです。

 タイガー旋風が吹き荒れる前のゴルフ界では、とにかく真っ直ぐ打つことが良いとされていました。飛距離よりも方向性が重視されていたのです。その流れが、タイガーの、飛距離を出してアドバンテージを取るというゴルフによって激変していきました。

 必然的にティーチングも飛距離を出すことにウエイトが置かれ、バイオメカニクスなどの科学的手法やフィジカルトレーニングが発展していきました。ここに技術革命が起こり、PGAツアーで活躍するにはこれまでのスタイルを大きく変える必要に迫られたわけです。

吉田洋一郎 (よしだひろいちろう)

吉田洋一郎

PGAツアー、海外ゴルフ理論に精通するゴルフスイングコンサルタント
2019年ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。
CSゴルフ専門チャンネル ゴルフネットワーク PGAツアー解説者

北海道出身。世界4大メジャータイトル21勝に貢献した世界No.1のゴルフコーチ、デビッド・レッドベター氏を2度にわたって日本へ招聘し、世界一流のレッスンメソッドを直接学ぶ。また、毎年数回、アメリカ、ヨーロッパに渡り、ゴルフに関する心技体の最新理論の情報収集と研究活動を行っている。
欧米の一流インストラクター約80名に直接学び、世界中のスイング理論を研究している。海外ティーチングの講習会、セミナーなどで得た資格は20以上にのぼる。

吉田洋一郎オフィシャルサイト  http://hiroichiro.com/

YouTubeチャンネル 「The Single Players TV」https://www.youtube.com/channel/UCOnC2ubncOUY5CHpXKQXi-w

また、海外メジャーを含めた米PGAツアー、ヨーロピアンツアーに足を運び、PGAツアー選手の現状やツアーのティーチングについて情報収集を行っている。

書籍紹介

【タイトル】PGAツアー超一流たちのティーチング革命

【出版社】実務教育出版

【発売日】2021年10月29日

本書では、PGAツアーで活躍する4人のスター選手を取り上げ、結果を出し続けるために必 要な彼らの思考や取り組みを学び、自己変革を実現する内容となっています。 ゴルファーのスコアアップはもちろん、ビジネスパーソンの仕事への応用や、現在の環境か らステップアップするために自分を変えたいと思っている方にも有益な内容となっています。 欧米の有名コーチの指導哲学やコミュニケーションスキルをご紹介し、部下を指導するシー ンや、人間関係の改善にも役立つ内容となっています。 本書では「Good」な選手が、「Great」な選手へと飛躍した理由を技術的要因と戦略的要 因から分析し、弱肉強食の世界で結果を出し続けるための成長戦略を明らかにします。 著者が8年間アメリカで独自取材をした内容を基に、PGAツアー最多勝利記録保持者のタイ ガー・ウッズ、50歳でメジャーを制したフィル・ミケルソン、20代で4つのメジャータイ トルを獲得した「メジャーハンター」ブルックス・ケプカ、科学的な取り組みでゴルフ界の 常識を破壊したブライソン・デシャンボーの取り組みを紹介します

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